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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#728 脳卒中者のMental Chronometry:歩行・バランス機能との関連性(Sakai et al. 2023)

自身が行う行動にかかる所要時間を正確に推定することを,Mental Chronometry(心的時間測定)といいます。学術的には運動イメージの正確性を時間的な側面から評価する指標として長年使用されてきました。また身体運動科学やリハビリテーションの研究領域では,自身の行為能力をどの程度正確に把握しているのかという観点から,Mental Chronometryを評価に導入することがあります。

今回ご紹介するのは,脳卒中者を対象にTimed Up and Go テスト(TUG)の所要時間を推定してもらった課題です。実際の所要時間よりも素早くテストを終えられると評価してしまった人ほど,歩行・バランス機能が低い可能性を指摘しています。千葉県立保健医療大学の酒井克也氏らによる新しい研究成果です。

Sakai K et al. Overestimation associated with walking and balance function in individuals diagnosed with a stroke. Physiother Theory Pract. 2023, DOI: 10.1080/09593985.2023.2175189

対象者は76名の脳卒中者でした。TUGの測定を行う前に,TUGの所要時間を見積もってもらいました。このほかの評価として,Berg Balance Scale (BBS)を用いたバランス機能の評価を行いました。

TUGの所要時間は14.45 ± 9.48秒であり,かなり大きな個人差があるものの,全体として長い所要時間がかかる対象者が多いことがわかりました。これに対して,所要時間の評価は,10.61 ± 8.73でした。つまり一部の脳卒中者は,自身の所要時間をかなり低く見積もっていることがわかります。このことは言い換えれば,自身の歩行能力を過大評価していることになります。そこで酒井氏らは,顕著に過大評価している群(OE群)とそうでない群(AE群)に分け,TUGの所要時間やBBSを用いたバランス機能を比較したところ,OE群はTUGの所要時間が長く(OE群15.7± 10.07秒, AE群10.4± 5.21秒),バランス機能が低いことがわかりました(OE群46.5 ± 6.6点, AE群50.0 ± 5.9)。

OE群では,実際には平均15.7± 10.07秒かかるTUGに対して,8.82 ± 5.43しかかからないと評価しており,大きな乖離がありました。自身の行為について時間的な側面から正確に見積もれない脳卒中者が一定数存在することを示しています。酒井氏は,Mental Chronometryと歩行・バランス機能に関連が見られたことから,Mental Chronometryが歩行・バランス機能を簡便に評価するツールとしても使えるのではないかと期待しています。



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