本文へスキップ

知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#665 発達性協調運動症児のボールキャッチ:システマティックレビュー(Derikx et al. 2020)

発達性協調運動症児(Developmental Coordination Disorder; 以下DCD児)は,全身の協調運動(gross motor skill),そして手先の繊細な協調運動(fine motor skills)のいずれにおいても苦手意識をもつことがあります。ボールキャッチも苦手な動作の一つです。今回ご紹介する論文は,DCD児の片手・両手キャッチを対象とした多くの研究を,システマティックレビューという方法を用いて概観し,上肢内(intra-limb coordination)と上肢間(inter-limb coordination)の協調性,ならびに手の制御のどこに問題があるかを特定しようとする研究です。結論として4つの特徴を見出していますが,それ以上に,研究間で大きな違いが見出されていることが印象的です。

Derikx D et al. The nature of coordination and control problems in children with developmental coordination disorder during ball catching: A systematic review. Hum Mov Sci 74 Pages 102688, 2020, DOI: 10.1016/j.humov.2020.102688

2019年1月までに報告された研究の中から,DCD,協調,子ども,そしてボールキャッチに関係する用語から検索された論文を精査し,基準を満たした15編の論文について,その詳細を検討しました。

分析の結果,Derikx氏らはDCD児のボールキャッチの特性として4つの特徴があると報告しました。最初の2つは,ボールに対するリーチが遅いことと,キャッチ動作を早く始めることです。これら2つの特徴は同一研究論文で報告されており(Astill & Utley 2008),キャッチを成功させるためのDCD児なりの戦略と解釈されました。リーチが遅くキャッチが早いという事は,時間的に両者は近いタイミングで発生することになります。こうすることで,リーチとキャッチは同時に動かせばよく,タイミング制御を容易にできる可能性があります。またリーチを遅くすることは,ボールの動きの検出に長い時間かけられることにつながり,キャッチ動作を早めることは,余裕を持った準備につながります。

3つ目と4つ目の特性は,関節間の協調性を高めること(2関節間の相関係数が高く,両者が同じ特性を示している)と,特定の関節を動かさないこと(fixation)です。これらはいずれも,無数の自由度を持つ筋骨格系に対して,自由度を減らして制御を容易にするための手段と考えられます。

Derikx氏らはこのように4つの特徴を見出しましたが,これらは選択された15篇の論文の多くに共通というわけではありませんでした。むしろ,同じキャッチ動作を対象としているはずなのに,研究間で大きく異なる結果が見出されていました。例えば先ほど3つ目の特徴として関節間の協調性を高めることが指摘されましたが,15篇の論文の中にはむしろDCD児の関節間の協調性は低いと報告している論文もあります(例:Asmussen et al. 2014)。

Derikx氏らはこうした違いが見出される原因として,年齢,性差,課題の難易度などを挙げています。さらに,一部のDCD児は注意欠陥・多動性障害(ADHD)を併発していることがありますが,ADHD児においてもやはり身体の協調や運動の制御に問題がある場合があることから,DCD児の研究においては,ADHDの有無についてより厳密なスクリーニングが必要だと,Derikx氏らは指摘しています。実際,15篇の論文の中でADHDに基づくスクリーニングをしている研究は1篇のみでした。

論文の最後に,Derikx氏らは,指摘した4つの特徴について重要な示唆をしています。Derikx氏らは4つの特徴を,DCD児が協調・制御上の問題を抱えながらも何とかボールキャッチするための解決策(compensation strategies)として選択したものと捉えるべきと主張しています。すなわち,これら4つの特性を“直ちに修正すべき問題(ボールキャッチを困難にしている悪癖)”として捉えるのではなく,それらが選択される理由を考慮したうえで,より理にかなった方略を見つけるための探索の機会を与えるべきだと主張しています。


目次一覧はこちら