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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#652 自閉症スペクトラム障害者の予期・予測機能:システマティックレビュー(Cannon et al. 2021)

自閉症スペクトラム障害者(ASD者)には,広範な予期・予測機能の障害があるという仮説が,複数の研究者から提案されています。今回紹介する論文では,そうした提案が続いた2014年以降の論文をレビューし,予期・予測機能の障がいに関する知見の広がりを概観しています。

Cannon J et al. Prediction in Autism Spectrum Disorder: a systematic review of empirical evidence. Autism Res 1-27, 2021

論文の中でCannon氏らは,予期・予測のプロセスを以下の3要素と捉えています。
1. 先行事象(an antecedent event)に対する応答として起こること
2. 先行事象と結果(consequence)との学習関係に基づいていること
3. (理解が正しいか少し自信ないですが・・・)結果の情報が入力されたとき(もしくは入力されなかったとき)の神経レベル/行動レベルの応答に直接影響すること(directly affects the organism’s neural or behavioral response upon the arrival of the consequence (or its absence))

ここでいう予期・予測は,高速移動物を眼で捉えるための予期・予測から,いわば知能・知性としての未来の予期・予測まで,広く含みます。予期・予測機能を評価する指標も,行動指標(先読みした動き),主観的評価(perceptual report),神経学的指標など様々です。システマティックレビューの結果,を行いました。その結果,47篇の論文が,関連論文としてヒットしました。すべて2014年以降の論文であることを考えると,比較的多くの論文がヒットしており,このテーマが国際的に重要なトピックになっていることがわかります。

論文では47の論文をまとめるにあたり,「予期・予測の性質別の分類(例:先行事象の明示性,関連付けの期間など)」「従属変数別の分類」を行っています。いずれも関連情報を詳しく知りたい人にとっては良いガイド役になっています。詳しく勉強したい方はぜひ原典をご覧ください。以下,全体を通して私が理解した内容です。

確かに多くの研究が,ASD児の予期・予測機能について, 定型発達児とは異なる特性を報告しています。しかしそれは,先行事象と結果の関連付けが全くできないという問題ではなく,関連付けの仕方が独特であるという方が正確だという印象を受けました。

こうした独特な特性を生み出す主たる要因の一つとして,Cannon氏らは感覚過敏の問題,及び過敏であるがゆえに常に刺激を受容することのストレスの問題を上げています。(hypersensitivity to sensory input stress associated with unceasingly salient repetitive stimuli; pages 4 and 12)を挙げています。定型発達児の場合,似た刺激が連続すれば,慣れ(habituation;刺激に対する応答性が低くなる)が起こります。Habituationは言い方を変えれば,「予測できる刺激に対しては,反応は規則的でよく,無駄にアラート(alert)な状態にしないという適応」ともいえます。こうしておくことで,真に反応すべき刺激に対して,迅速かつ適切に反応ができる余裕を作っておくことができます。

実際,オッドボール課題(oddball)というパラダイムを用いて,規則的な刺激配列の中で突然新規な刺激を単発提示すると(すなわち,予測を裏切る刺激を出すと),定型発達では新規な刺激を処理する神経応答が見られます。しかしASD児の場合,そもそもhabituationが起こりにくく,逆にオッドボール課題では新規に対する反応が小さくなります。こうした現象から,ASD児は規則的な刺激配列に対する予期・予測が行われていないことを示唆します。Cannon氏らは,ASD児の場合,たとえ規則的であっても個々の刺激に対して過敏に反応してしまうので,Habituationが起こりにくいのではないかと考えています。



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