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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#641 高齢者における自身のまたぎ能力の知覚:3年間の経時変化(Sakurai et al. in press)

一部の高齢者において,自分自身の行為能力を過大評価してしまう傾向がしばしば報告されます。行為能力の過大評価とは,本来は能力的にできない行為を「できる!」と判断してしまう傾向です。こうした判断に基づいて行動を選択すれば,本来はまたげない高さの障害物をまたごうとしてしまうなど,つまずきや転倒に結び付く可能性があります。

今回ご紹介する論文は,116名の地域在住高齢者を対象に,3年間にわたって自身のまたぎ能力をどう評価するか調査した結果をまとめたものです。筆頭著者の桜井良太氏(東京都健康長寿医療センター)は,本学域・今中國泰名誉教授の研究室を修了し,国際的に活躍されています。

Sakurai R, et al. Changes in self-estimated step-over ability among older adults: A 3-year follow-up study. Journal of Gerontology: Psychological Sciences. In press. DOI: 10.1093/geronb/gbaa219

結果は概ね以下のようにまとめることができます。

  • またぎ能力を過大評価する高齢者の割合は3年間で10.3%から22.4%に増加しました。この結果は,加齢とともに行為能力を過大評価する傾向が増えることを示唆します。
  • 3年間のうちに実際にまたげる高さそのもの(行為能力)が低下していました。この結果は,加齢による行為能力・身体能力の変化に気づけていないことが,過大評価につながっている可能性を示唆します。
  • 日常の活動量が多くない人ほど,3年後に過大評価傾向になる人の割合が多いことがわかりました。桜井氏はこれまで一貫して,自身の行為能力を正しく評価できないのは,日常の活動量が低く,自身の行為能力に対する認識をアップデートできないからではないかと考えています。今回の結果は,この桜井氏の考えを支持するものでした。

論文では,過去の研究との関連から,眼窩前頭皮質の活動低下と行為能力の過大評価傾向との関連性にも触れています。詳しい情報は,是非原文をご覧ください。



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