本文へスキップ

知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#639 歩行中の方向転換方向を示す“先行シグナル”:システマティックレビュー(Lopez et al. 2019)

歩行中の方向転換時には,体幹が回旋を始めるのに先行する形で視線(もしくは眼球運動)や頭部が回旋を始めることが知られています。こうした先行動作には,方向転換をスムーズにするための意味があるものと考えられています。

今回ご紹介する論文では,「人間の方向転換に合わせて,同じ空間を移動するロボットが人間を避ける」といった場面を想定し,様々な先行動作の中でも確実に方向転換を予測しうるものを同定しようとする研究です。いわば方向転換を予測する先行シグナルの検出を目的とした研究であり,過去の関連研究のシステマティックレビューを行っています。

Lopez AM et al., Walking turn prediction from upper body kinematics: a systematic review with implications for human-robot interaction, Appl Sci 9, 361, 2019.

著者らは,Scopusなどのデータベースに基づいたシステマティックレビューを行いました。三次元動作解析を使って方向転換動作を測定した研究のうち,「視線(yaw;左右を見る動き)」「頭部(yaw)」「体幹(yaw)」「体幹(roll)」のいずれかの動きが,方向転換の何ミリ秒前に起こるかを定量化できる研究をピックアップしました。

結果的に9篇の論文が基準に合致し,上記の各先行動作のタイミングが研究間でどの程度一致しているかという基準で,信頼性高い先行シグナルの同定を試みました。

その結果,著者らは「頭部(yaw)」が最も信頼性が高く,続いて「体幹(roll)」の信頼性が高いと結論付けました。そもそも頭部(yaw)の回旋を同時測定する研究が多いのですが,その中で,対象者が比較的自由なタイミングで回旋できる場合,平均して頭部yawの241ms後に軌道の変化がおこっていました。「体幹(roll)」を測定した研究は3篇と多くはないのですが,研究間のばらつきが少ないという理由で信頼性が高いと判断されました。視線行動については,基準に合致した研究では頭部(yaw)と同時に出るなどの理由から,先行シグナルとしては頭部(yaw)を上回る指標ではないと結論付けました(視線が本当に信頼性の低い情報なのかについては,議論があるなと私個人は思いながら読みました)。

なお論文では,慣性センサを用いて体幹回旋を調べた研究についても言及されました。その結果,先行シグナルと方向転換のタイミングは三次元動作解析に基づく研究報告とほとんど変わりないという事でした。こうした指摘は,慣性センサを用いた研究の有用性を間接的に示します。

この論文を読んで私は2つのことを考えました。

第1に,方向転換に先行する頭部回旋は,他者の衝突回避という点でも重要な情報であるということです。視線や頭部の先行動作を利用できず,各身体部位が同時タイミングで回旋する場合(例えば一部の脳卒中患者),自身の運動制御におけるデメリットに加え,他者との衝突回避という意味でもデメリットがあることを示唆します。

第2に,対人スポーツ競技場面では,頭部の先行動作をフェイントとして有効活動できそうだという事です。実際,ラグビーの熟練者はフェイント動作において,頭部(および体幹)を進行方向とは逆方向に大きく動かす(Yaw方向)ことが指摘されています。他者が自分の動きから次に何を予測予測するかの原理がわかれば,それを裏切ることで,相手をだますことにも利用できます。

このように,読む人の専門性によってさまざまなことを考えさせる論文でした。



目次一覧はこちら