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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#638 運動の修正にみられるスピードと正確性のトレードオフ(Fautrelle et al. 2011)

私たちがターゲットを指でポインティングするとき,ターゲットが遠いときだけでなく,ターゲットが小さい時も,運動時間が長くなります(フィッツの法則)。同一距離でターゲットが小さいほど運動時間が長いという事は,運動速度が低くなることを意味します。この関係性を,スピードと正確性のトレードオフと言います。

一般に,ターゲットが小さいときは運動時間だけではなく,運動開始前の時間(反応時間)も長くなります。このことから,スピードと正確性のトレードオフは,主として事前の運動計画に対する所要時間に影響すると考えられています。

今回紹介する論文では,スピードと正確性のトレードオフは,運動開始後に運動を修正するプロセスにおいても確認されることを報告しています。

Fautrelle, L. Pointing to double-step visual stimuli from a standing position: motor corrections when the speed-accuracy trade-off is unexpectedly modified in-flight. A breakdown of the perception-action coupling. Neurosci 194 124-135, 2011

実験課題は立位の状態でターゲットを指先でポインティングするというものでした。ターゲットは距離(Near/Far)と大きさ(Small/Big)の組み合わせで4条件ありました。運動の修正を検証するため,ダブルステップ・パラダイムという方法が採用されました。このパラダイムでは,動作開始直後にターゲットの距離または大きさが変化しました。もしスピードと正確性のトレードオフが事前の運動計画でのみ影響するなら,変化した属性に応じてスピードと正確性のトレードオフは見られないはずです。

実験の結果,動作開始直後にターゲットの属性が変化しても,7名の若齢参加者は正確にターゲットにポインティングできることがわかりました。また変化する条件下では運動時間が長くなり,その傾向はターゲットが小さいほど顕著であることがわかりました。この結果は,運動修正にもスピードと正確性のトレードオフが成立することを示唆しています。

またFautrelle氏らは,ターゲットの距離が変化したときとサイズが変化したときの修正の質的違いに着目しました。距離が変化したときは,速度曲線の変化はどちらかと言えば固定的(stereotyped)であり,ターゲットサイズが変化したときは,より柔軟であることがわかりました。Fautrelle氏らはこの現象について,変化する属性が何かによって脳が制御方略を切り替えていることの表れであろうと解釈しました。先行知見にもとづき(Winstein et al. 1997, J Neurophysiol),距離が変化した場合の修正(精緻さは必要ないが,軌道を大きく変更させる力発揮が必要)は,小脳前葉,左中後頭回,右腹側運動前野による制御が想定されました。これに対しサイズが変化した場合の修正(小さくなった場合,運動軌道は大きく変わらないが精緻なポインティングが必要)は,運動野や頭頂間溝,尾状核に基づく制御と推察しました。


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