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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#635 外乱に対する予測的姿勢制御:短期間での適応(Kaewmanee et al. 2020)

今回ご紹介するのは,立位バランスに対する前後方向の外乱の程度が急に切り替わったとき,5試行程度の経験で適応することを報告した論文です。

Kaewmanee T et al. Effect of predictability of the magnitude of a perturbation on anticipatory and compensatory postural adjustments. Exp Brain Res 238, 2207-2219, 2020

外乱は,前方に伸ばした両手に対して,振り子上に動く錘を当てるという方法で呈示されました。錘は軽い条件(light; 体重の5%)と重い条件(heavy; 体重の10%)の2種類が用意されました。20人の若齢健常者を2つのグループに分け,1つのグループに対してはLight条件10試行-Heavy条件15試行- Light条件10試行で行いました。もう一つのグループに対してはHeavy条件10試行-Light条件15試行-Heavy条件10試行で行いました。下肢と体幹の筋電図,ならびにCOPの値から,外乱が来る前の予測的姿勢制御(APA)と外乱が来た後の姿勢定位反応(CPA)を検討しました。

実験の結果は以下のようにまとめられます。今回の外乱では後方にバランスが崩れることから,APAとしては前方の筋肉(特に前脛骨筋,大腿直筋)が働き,COPの後方移動を最小にとどめようとしました。外乱が切り替わる試行(11試行目,26試行目)では,APAは当然ながら切り替わる前の試行と同程度の活動になりました。この結果は,APAは過去の経験に基づき予期的に生成されることを示唆します。

外乱の大きさが切り替わってから4-5試行のうちは,APAの大きさが適当でない(大きな外乱に対してAPAが小さすぎる,もしくは小さな外乱に対してAPAが大きすぎる)状況が続きましたが,その後はAPAの大きさはプラトーとなりました。この結果から,外乱の大きさがコンスタントである場合,5試行程度の経験で適切なAPAを作り出せることを示唆しています。2つのグループの間で適応に要する試行数に違いは見られませんでした。

2種類の外乱がランダムに切り替わる場合には,影響の大きな外乱(今回の場合はHeavy条件)に合わせたAPAで対応することが知られています。今回の実験のように同一の外乱が一定期間続く場合には,一定期間続く外乱に最適なAPAが5試行程度で形作られることを,この論文は示唆しています。


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