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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#632 身体保持感と運動主体感の独立性:手の届く距離との関連から(Manglam et al. 2019)


コーヒーカップに手を伸ばそうとしている時,その手が自分の手であり(身体保持感,senses of ownership),自分自身の意志でその手が動いていること(運動主体感,senses of agency)がわかります。またそのカップが自身の手の届く距離(peripersonal space)にあることについても理解をしています。

今回ご紹介する論文は,ラバーハンドイリュージョン(模型の手に対する接触が,あたかも自分の手に対する接触であるかのように感じる錯覚)を使って,身体所有感と運動主体感の独立性を実証した研究です。

Mangalam et al. Sense of ownership and not the sense of agency is spatially bounded within the space reachable with the unaugmented hand. Exp Brain Res 237, 11, 2911-2934, 2019

実験では,模型の手の先端部を,手の届く距離に置いた場合と届かない距離に置いた場合の2条件設定し,実験を行いました。2つの実験を行い,第1実験では実験者が模型の手を筆で触ると同時に参加者の手を触る実験(Static rubber hand illusion),第2実験では模型の指が上に持ち上げられると同時に,参加者の指も同時に持ち上がる実験(Dynamic rubber hand illusion)でした。

2つの実験から,総じて次のようなことがわかりました。身体保持感については,模型の手の位置による影響が見られました。模型の手が手の届く距離にある場合に,身体所有感が生起されました。これに対して,運動主体感については,模型の手の位置に依存せず,視覚(模型の手に対する触覚)と体性感覚(実際の手に対する触覚)を同時提示すれば,高い運動主体感が生起されました。すなわち,模型の手の位置がどう影響するかという意味では,身体保持感と運動主体感は独立して生起することがわかりました。

Mangalam氏らはこの結果を次のように解釈しました。身体保持感については,自身の体性感覚情報の影響が強いため,視覚的な手の位置が自身の手の位置から遠いと,視覚の影響は減少してしまうと説明しました。これに対して運動主体感については,運動指令に基づく感覚予測(脳内の予期的前向きモデルの働き)との照合で生起されるため,模型の手の位置が近くても遠くても,感覚予測さえ出ていれば強く生起されると説明しました。

論文では,こうした違いを説明するためのモデルが提案されています。関心がある方は,ぜひ原文をご覧ください。


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