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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#591 歩きスマホに関する研究事例2:周辺環境への視線行動(Feld et al. 2019)

最近の報告(#588)に引き続き,歩きスマホに関する研究事例の紹介です。今回は,視線行動に着目した研究です。

Feld J et al. Visual scanning behavior during distracted walking in healthy young adults. Gait Posture 67, 219-223, 2019

20名の若齢成人が,60mの病院内の通路を歩行しました。歩きスマホの条件では,画面に呈示された文字をできるだけ早く正確に入力しながら歩くことが求められました。また実験ではもう一つ,画面に注目しない形でのデュアルタスク条件が設定されました。そこでは,特定の文字で始まる単語(例えばF)をできるだけたくさん口頭で述べながら歩くことが求められました。

実験の結果,歩きスマホの条件下で歩行路に視線を向けていた時間は,全測定時間のたった4%にすぎませんでした。つまり参加者は歩きスマホの最中は,チラチラと高頻度で歩行路を確認するものの,そう時間としてはほとんど歩行路を見ていないことを示しています。

但し,歩きスマホ中にモノや人との接触が増えることはありませんでした。よって,わずかな時間しか見ていなかったとしても,ある程度安全管理ができていたことになります。誰かが進路を邪魔するような状況でなければ,わずかな視線での確認でも歩行軌道の維持ができ,接触が起こらないのかもしれません。

視線行動だけで見れば,参加者はスマートフォンでの単語入力課題に集中していることになります。しかし,単語入力課題を単独で行った場合に比べて,単語入力のパフォーマンスは劇的に低下しました。よって視線は歩行路に向いていないとしても,注意は歩行課題に向けられていると考えられます。

なお,画面に注目しない形でのデュアルタスク条件では,視線行動は歩行をシングルタスクとして行う場合とほとんど変わりがありませんでした。歩きスマホで視線が下に落ちるのは,画面に視覚的注意を向けなくてはいけない状況がもたらすと言えます。


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