セラピストにむけた情報発信



業績紹介:Multi-target stepping課題を用いた介入の転倒予防効果
(Yamada et al. 2013)

 


2013年10月15日

Multi-target stepping(MTS)課題は,高齢者の転倒リスクの評価や改善を目的として,京都大学の山田実氏が開発した歩行課題です.ここ3-4年にわたり,このMTS課題の有益性を学術的に示すためのサポートをしてきました.

今回ご紹介するのは,MTS課題を半年間にわたって介入に用いることで,介入後1年間の転倒率を減少させることに成功したという最新の論文です.

Yamada M, Higuchi T et al. Multitarget Stepping Program in Combination with a Standardized Multicomponent Exercise Program Can Prevent Falls in Community- Dwelling Older Adults: A Randomized, Controlled Trial.J Am Geriatr Soc 61, 1669-1675, 2013

なおMTS課題の詳細については過去のページをご覧ください.またMTS課題遂行中の視線行動などを測定した研究については,こちらをご覧ください.



対象は,平均77歳の高齢者264名でした.対象者は6か月間にわたり,週2回の頻度で運動教室に参加しました.全員30分程度の運動介入(筋力やバランス能力維持のためのエクササイズ)を経験しました.

半数の参加者(MTS介入群)は,この運動介入に加えてMTS課題を1日数試行行いました.

MTS課題では本来3色の色マーカーがあり,そのうち1つの色をして着地させます.これに対して介入では,最初の6週間は2色の色マーカーを使いました.その後6週間ごとに色マーカーの数を色ずつ増やしていきました.つまり,踏んではいけないディストラクタとしての色マーカーが,6週ごとに1つずつ増えました.

色マーカーが増えると,それだけターゲットを探すための認知負荷がかかることになります.加えて,ターゲットに着地するための歩行軌道が複雑に変化することにもなります.

もう半数の参加者(コントロール群)は,MTS介入の代わりに,直線50m歩行を1試行だけ行いました.この課題は,歩行距離MTS介入群と同程度になるように考えて設定しました.

半年間の介入後,1年間にわたりその後の転倒の有無や,転倒時の骨折の有無についてフォローしました.その結果,MTS介入群の高齢者は,コントロール群の高齢者に比べて転倒経験者の割合が低いことがわかりました(11.6% vs 33.0%).また転倒によって骨折してしまった高齢者の割合も有意に低いことがわかりました.これらの結果はいずれも,MTSを介入課題として使うことの転倒予防効果を示しています.



MTS介入の中でのMTS課題の実施時間はたった数分のみです.また,どちらの群の高齢者も共通の運動プログラムを30分実施していますので,MTSがもたらす実質的な運動量は多くないと言えるでしょう.

それにも関わらず,MTS課題の実施が転倒予防に効果をもたらしたということから,MTS課題が提供する“歩行中の認知的負荷”という要素が,一般的な運動介入だけでは得られない貴重な“スパイス”として効いているのではないかと,我々は期待しています.

今回掲載された雑誌は権威ある雑誌ということもあり,審査の過程ではかなり厳しい要求を数多く突きつけられました.責任著者である山田実氏は,こうした事態にも心折れることなく論文修正を行い,掲載にこぎつけました.データのインパクトも含め,山田氏の活動に改めて敬意を表する次第です.

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