セラピストにむけた情報発信



複雑な路面上を歩行する際の高齢者の歩行:視線と方向転換の観点から
Yamada, Higuchi et al. 2012
 



2011年10月18日
本日ご紹介するのは,京都大学の山田実氏と共同で発表した最新論文です.高齢者の転倒リスクについて共同でおこなった研究3部作のうち,第2章の作品となります.

Yamada M, Higuchi T et al. Maladaptive turning and gaze behavior induces impaired stepping on multiple footfall targets during gait in older individuals who are at high risk of falling. Arch Gerontol Geriatr 54, e102-e108, 2012.

これまで山田氏は,転倒歴のある高齢者が,厳格な着地位置が求められる歩行通路上で着地の精度が悪くなることに着目し,こうした状況を簡易にテストできる課題を開発しました(Mutli-Target Stepping Test,通称,MTST).



以下がMTSTの概要です.詳細については過去のページをご参照ください

MTSTでは,10mの歩行通路に3×15列の四角ターゲットが付置されています.各列のターゲットは白,黄,赤の3色構成です.そのうちの1色がステップのためのターゲット,別の2色が,ステップしてはいけないディストラクターです.

これまでの研究では,転倒リスクの高い高齢者グループにおいて,実に約65%の参加者が,15個のターゲットのうち最低一つを踏み外すこと(Stepping failure),また約55%の参加者が,最低1回は歩行中にディストラクターを踏んでしまうこと(avoidance)がわかっています.これらの結果は,転倒リスクの高い高齢者は複雑な路面上を歩行する際に着地の精度が低くなることを示唆しています.


今回紹介する論文ではこの結果を踏まえ,着地の精度が低くなる原因を探るため,MTSTを遂行している最中の視線行動,および方向転換行動を測定することにしました.転倒リスクの高い高齢者 11名,リスクの低い高齢者26名,若齢者20名を対象としました.

その結果,転倒リスクの高い高齢者は,これから着地をするターゲットに視線を向けて歩いていることがわかりました.これは,転倒リスクの低い高齢者の視線位置(1つ先を見ている)よりも統計的に有意に,足もとに近い視線位置でありました.

若齢者の場合,およそ3つ先のターゲットに視線を向けて歩行をしていました.すなわち若齢者の場合,着地をするターゲット自体に視線を向けなくても,過去に獲得した視覚情報に基づいて正確な着地ができることを意味します.

これらの結果を総合すると,転倒リスクの高い高齢者は,間近なターゲットへの着地に集中せざるを得ず,視線が足元に集中して,先読みした歩行方略が取れない状況にあると考えられます.

また転倒リスクの高い高齢者は,方向転換時にバランスを崩しやすい方略を選択していることがわかりました.MTSTでは,頻繁に進行方向を左右に転換することが求められます.転倒リスクの高い高齢者は,この方向転換時に,支持脚に対して先導脚がクロスしてしまう,いわゆるクロスオーバーの現象が起きていることがわかりました.

クロスオーバー時にはバランスが大きく崩れる心配があるため,高齢者には決して推奨できません.おそらく転倒リスクの高い高齢者は視線が足元に集中して,先読みした歩行方略が取れないのだろうと推察されます.

次なる研究(すなわち三部作の最終章)では,転倒リスクの高い高齢者の問題をどうやって改善していくかについて議論することとなります.既にデータの測定は終わっており,いち早く論文公表できるように努力しているところです.


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