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脳卒中者には注意の外的焦点化は有益でない?(Kal et al. 2015)



2018年5月7日
前回に引き続き,注意の内的・外的焦点化に関する論文の紹介です。今回は脳卒中者を対象とした研究です。

一般に,注意を外的に焦点化したほうが運動の制御や学習には好ましいと言われています。しかし,この論文で対象となった脳卒中者とっては,外的焦点化がむしろ弊害になっているかもしれないという報告がなされました。

Kal EC et al. Stay Focused! The effects of internal and external focus of attention on movement automaticity in patients with Stroke. PLoS One 10, e0136917, 2015

脳卒中者が抱える問題の一つに,デュアルタスク状況下での運動遂行が困難であるという問題があります。人と話ながら歩いたり,買い物中に探し物を求めて歩いたりする状況は,デュアルタスク状況下で歩行している状況です。こうした状況での転倒危険性が高くなることが指摘されています。

こうした問題を克服する有効策は,運動の自動性を高めることで,二次的な課題をこなすためのキャパシティを増やすことです。そこでこの研究の著者らは,注意の外的焦点化に着目しました。注意の外的焦点化が運動制御・学習にメリットがあるのは,運動の自動性を高めるからと考えれているからです(constrained action hypothesis)。

実験には脳卒中者39名が参加しました。発症後10±7年程度経過している脳卒中者が対象であることが,特徴の一つです。

運動課題は,座位状況下で片足の接地課題です。膝関節の伸展・屈曲動作で足を動かしました。外的焦点化条件では床にラインが引いてあり,ラインの前後に交互に脚を接地しました。内的焦点化条件では,ラインはなく,膝関節の伸展・屈曲動作に集中しました。パフォーマンスの指標として,接地のペースの速さ,周期運動のスムーズ性,デュアルタスク状況下でのパフォーマンス低下度を用いました。

実験の結果,予想と異なり,外的焦点化に基づくパフォーマンスの向上は見られませんでした。統計的根拠は弱いものの,むしろ外的焦点化条件でパフォーマンスが低下する兆候すらありました。外的焦点化条件の方が,デュアルタスク状況下でのパフォーマンス低下が大きくなる傾向がありました。

この意外な結果について,著者らは「焦点化の方向に対する対象者の好み(preference)」が影響しているのではないかと解釈しました。スポーツ選手を対象とした先行研究によれば,注意焦点化の影響は,外的・内的の方向性が重要なのではなく,もともと選手がどちらを好むのかが重要であり,好みに合致した焦点化が有益かもしれない,ということです。著者らはこの先行研究を参考に,脳卒中者がもともと内的焦点化を好むため,外的焦点化が悪影響を与えたのではないか,と考察しました。


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