セラピストにむけた情報発信



先を見越した上肢動作の運動計画:高齢者の場合(Wunsch et al. 2015)




2015年11月30日
動作を開始する前に,動作全体のパターンを計算し,動作の最終的な状態(end-state)が最も快適な姿勢となっているように動作を計画することを,英語では「end-state comfort effect」といいます。

先を見越して動作を計画できる能力は,日常生活を通して経験的に磨かれていく側面があるということが,幼児や子供を対象にした多くの研究からわかっています。その一例はこちらをご覧ください。

では,高齢者は一度獲得したend-state comfort effectに基づく行動を維持しているのでしょうか。今回ご紹介するのは,この疑問を検証した論文です。

Wunsch K et al. Anticipatory motor planning in older adults. J Gerontol: Psychol Sci in press.

実験には,60-70歳の高齢者(young-old群)と71-80歳の高齢者(old-old群)が参加しました。

参加者の目の前に,一方を黒,もう一方を白に塗った棒が, 2つのスタンドに支持される形で,机と並行に置かれてあります。参加者は,「黒(白)を下にして立ててください」という指示に従って,棒を立てました。

このとき,親指が上向きになるような姿勢で棒を立てることができれば,end-state comfort effectに基づく行動をとったと定義します。棒の向きによっては,棒を下からつかまないと(上からつかむ場合に比べて,初期動作が快適でない姿勢でないと),親指が上向きにした姿勢で棒を立てることができません。つまりこの実験では,状況に応じて,棒をつかむ最初の姿勢を切り替えることができるかを検討したわけです。

実験の結果,60-70歳のyoung-old群に比べて,71-80歳のold-old群では,end-state comfort effectに基づく行動の頻度が減少することがわかりました。棒が一本の場合(実験1)でも2本の場合(実験2)でも,結果は同じでした。若齢成人のデータがないため,young-old群の成績に加齢の影響があったのかについては厳密には検証できません。ただし,young-old群はend-state comfort effectに基づく行動の頻度がほぼ100%であったことから,おそらく若齢成人と同じ能力を保持しているのだと推察されます。
71-80歳のold-old群においてend-state comfort effectに基づく行動が維持できない理由としては,(1)実行機能(executive function)などの認知機能が低下したことが影響,(2)運動機能が低下して初期動作が窮屈な姿勢を選択しにくくなる,といった可能性が指摘されています。

実は私たちの研究室でも,この研究と全く同じ問題意識を持っており,データを取り始めていたところです。先を越されたという思いがある一方で,自分たちの問題意識が決して間違っていなかったという喜びもありました。今後も研究を継続して,この研究とは異なる新しい視点を提供できればと思っています。


(メインページへ戻る)