セラピストにむけた情報発信



快適歩行速度:ステッピング課題で測定することの意義
(Peper et al. 2015)




2015年10月13日
快適に歩いている際の速度を測定するという簡便な方法でも,転倒危険性をある程度予測できるといわれています。今回ご紹介する論文は,この快適歩行速度を,段差をまたいだり,ターゲットに正確に設置するといった負荷をかけた状況で行うことの意義について議論した研究です。

Peper CL et al., Attuning one's steps to visual targets reduces comfortable walking speed in both young and older adults. Gait Pos 41, 830-834, 2015

この研究は実験研究です。正直なところ,実験結果そのものが示す意義は,あまりクリアーではありませんでした。ただし,問題提起としては意義深いと感じましたので,ここではその問題提起の内容を中心に解説します。

快適歩行速度とは,対象者自身が歩行する際に自らが好ましいと感じて選択している速度です。最速で歩けと指示されているわけではないため,あくまで対象者の自由でその速度を決めます。

快適歩行速度が遅い対象者(たとえば0.6m/s以下という指摘があります)は,転倒危険性が高いという指摘が複数あります。若齢成人にとって,0.6m/s以下の速度で歩くというのはむしろゆっくり過ぎる印象があり,日常の移動手段としての歩行場面においては,むしろ窮屈な印象を与えるかもしれません。つまり,快適歩行速度がそれだけ遅いということは,歩行能力に一定の制約や限界があることを示すものであり,転倒危険性と関連しうるのだと考えられます。

一般に,快適歩行速度はバリアフリー環境で測定されます。しかしながら日常環境は障害物などバリアがたくさんある環境であり,日常環境での快適歩行速度は,バリアフリー環境とは大きく異なっている可能性もあります。

この論文の著者らは,日常環境のような負荷がかかった状況での快適歩行速度を測定する意義を検討するため,10m歩行において15cmの段差を設置した条件,および,トレッドミル歩行で着地すべきターゲットを設置した条件で,快適歩行速度を測定しました。

高齢者,若齢者それぞれ18名を対象に実験を行った結果として,障害物等の負荷がかかった状況で快適歩行速度が下がることを確認しました。

著者らの主張を実験結果として明確に示すためには,例えば,転倒危険性が高いか低いかによって,負荷がかかった時の快適速度の減速度合が顕著に高くなるとか,あるいは,快適速度を維持していても着地の正確性が極端に下がる,といったデータが有益です。残念ながらこの研究ではそうしたデータがないため,あくまで問題提起や方法論の提案の意義がある研究と言えるでしょう。

以前ご紹介したように,実は快適歩行速度がかなり高い(たとえば1.3m/s)高齢者でも転倒発生率が高いという指摘があります。快適歩行速度が低い高齢者の場合,“屋内”の転倒が非常に多いのに対して,快適歩行速度が高い高齢者の場合,“屋外”での転倒が多いとのことです。このように考えると,ある程度歩行能力に自信がある人が,バリアのある日常環境に対して歩行を調整することが不完全となり,転倒が起きている可能性があります。

今回紹介した論文は,こうした問題意識のもと,具体的にどのように快適歩行を測定すべきかについて,方法論を示してくれているように思います。

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