セラピストにむけた情報発信



高齢者の歩行能力と転倒:快適歩行速度が高すぎても危険?
(Quach et al. 2011)




2015年8月22日
一般に,快適なペースでの歩行速度が遅い高齢者は,転倒危険性が高いといわれています。逆に言えば,快適なペースでの歩行速度が速い高齢者は,健康を保っており,転倒危険性も低いという印象を持ちます。

ところが,今回ご紹介する研究では,こうした印象とは逆に,快適歩行速度が比較的速い人ほど,屋外での転倒発生率が高いということを示されています。

Quach, L. et al. The nonlinear relationship between gait speed and falls: the Maintenance of Balance, Independent Living, Intellect, and Zest in the Elderly of Boston Study. J Am Geriatr Soc 59, 1069-1073, 2011

この研究では,763人の地域在住高齢者(78±5歳)を対象に,4mの歩行中の速度を測定しました。2試行測定したうち早い試行の速度を,その対象者の快適歩行速度として採択しました。またこの研究では,対象者の日常生活での転倒について,屋内・屋外での転倒に区別して調査しました。

研究の結果,歩行速度と転倒との間に,非常に興味深い関係が見られました。

対象者を快適歩行速度によって,4群にカテゴライズしました(0.6m/s以下の低速群,0.6-1.0 m/sの中低速群(英語表記はmildly abnormal), 1.0-1.3 m/sの健常群(英語表記はnormal),1.3m/s以上の高速群)。その結果,高速群の高齢者は平均して1.8回転倒を経験しており,低速群の高齢者(平均して1.3回/年転倒)と同様,高い発生率を示すことがわかりました。

低速群の高齢者は,主として屋内で転倒を経験しました。これに対して高速群の高齢者は,主として屋外で転倒を経験していました。

低速群と高速群で転倒発生場所が異なる点について,この研究の著者らは次のように解説しました。「低速群の高齢者は,日常生活の活動性が低いことから屋外外出頻度も低いため,屋内での転倒が主となる。これに対して高速群の高齢者は,活動性が高いことから,頻繁に屋外に外出し,屋外環境に存在する障害物との接触などによって転倒することが主となる。」

なおこの研究では,同一対象者に対して18か月後に再調査も行っています。その結果,18か月の間に快適歩行速度が0.15m/s以上低下した高齢者は,転倒危険性が高いことも明らかにしました。

私にとって,この研究の最大の魅力は,運動機能が高い高齢者の転倒危険性を記述した点にあります。自身の高い運動機能を自覚されている高齢者の方々は,転倒を引き起こす障害物が点在する様な屋外環境でも,「自分は大丈夫」と判断して,普段と変わりないスタイルで歩行し,結果として転倒危険性が高くなっているのかもしれません。

この研究は,転倒が単に身体機能・歩行機能だけで決まるのではなく,身体と環境との関係性によっても決まることを示しています。

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