セラピストにむけた情報発信



脳性麻痺児の上肢動作:“障害”ではなく“適応”?(Figueiredo et al. 2015)




2015年8月17日
今回ご紹介するのは,脳性麻痺児に見られる上肢動作の障害を,脳障害の結果と安易に片づけるのではなく,課題難易度に対する適応の結果として解釈すべきと主張する論文です。私自身が大切にしている「身体運動を中枢・身体・環境の相互作用としてみる」という考え方に合致する主張であり,ぜひお薦めしたい論文です。

Figueiredo et al. Upper limb performance and the structuring of joint movement in teenagers with cerebral palsy: the reciprocal role of task demands and action capabilities. Exp Brain Res 233, 1155-1164, 2015

脳性麻痺児の上肢動作に見られる特性として,運動時間が長くなること(ピーク速度が遅いこと),直線的な運動軌道を描くのが困難といったことが指摘されています。またその背景にある関節の動きに着目すると,末部に近い関節(手首や肘)の動きが少なく,基部に近い関節の動きが大きくなります。これは,体幹の動きによって上肢動作をコントロールしようとしている,ともいえる特徴です。

こうした動作特性の主原因は,もちろん脳の障害にあると言えます。しかしこの論文の著者らは,特有の動作がいつでもどこでも生じるのではなく,状況依存的に生じることに着目し,脳の障害という観点だけで動作障害を見てはいけないと主張しています。

もしも脳障害だけで動作の障害が全て説明できるならば,脳性麻痺児は“いつでもどこでも”,同じ動作障害を見せるはずです。ところが,実際には必ずしもそうとは言えず,状況依存的な側面があると著者らは主張します。

さらに著者らは先行知見をひも解きながら,たとえ健常児であっても,非常に難易度の高いに挑戦しているときには,脳性麻痺児の動作特性と似た動作の変容があると解説しました。つまり,脳性麻痺児の場合,脳障害によって健常者よりもかなり低い難易度でこうした動作特性が出てしまうだけであって,あくまでそれは健常児と同様,課題難易度に対する適応を反映しているのではないか,と考えたのです。

こうした考え方の妥当性を検証するため,実験を行いました。対象は平均⒒歳の脳性麻痺児と,年齢をそろえた健常児です。一側肢のみの動作障害を呈する脳性麻痺児を対象としました。

実験課題は,Fitts課題と表現できる課題でした。手に持った長さ50cmの棒の先端で,2つのターゲットをできるだけ素早く正確に,往復してリーチするという課題です。

実験の結果,著者らの主張通り,脳性麻痺児と健常児に顕著な差がみられたのは,ターゲットのサイズが小さく(つまり,課題の難易度が高く),なおかつ障害を呈する手を使ってリーチをしているときだけでした。肘関節の動きが小さくなり,同時に肩関節の動きが大きくなるのも,やはりこの条件の時のみでした。

以上の結果を,著者らは以下のようにまとめました。「脳性麻痺児は,指先の細かい制御が困難となるため,末部の筋肉を共収縮させて揺れを最小限にしようとする。その結果,末部(肘)の動きが小さくなるため,上肢の動きを体幹の動きで代償しようとしている。」

実際には筋電図の測定は行っていませんので,解釈の一部はあくまで推測の域を出ません。しかし,これまで単に障害と思われてきた動作を,「行為能力と課題要求」の相互作用の結果として生じる適応として捉え直すという視点には,意味があると私は考えています。

この研究は,先月参加していた国際生態心理学会で知った情報です。学会参加を通して得る新しい情報からは,いつも大きな刺激をもらいます。

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