セラピストにむけた情報発信



学会報告:スポーツ心理学会 vol.1




2010年11月22日

11月19-21日に, 広島県福山市にて第37回日本スポーツ心理学会が開催されました.

スポーツ心理学会は昨年度私たちの研究が大会運営をした経緯もあり,個人的に思い入れのある学会の1つです.スポーツ選手に特化していない知覚・認知系の基礎研究も多いため,リハビリテーションに間接的に関連する問題も多くあります.

以下では,私自身がかかわった自主シンポジウム「身体から切り拓く知覚と運動のスポーツ心理学」についてご紹介いたします.

このシンポジウムは高知工科大学の宮崎真氏により企画されたものです.同年代の研究者を中心として,知覚と運動にかかわる研究者をバランスよくコーディネートした企画を組んでくれました.宮崎氏の最近の研究については過去のページをご参照ください

シンポジウムでは,東京大学の工藤和俊氏による司会のもとで,以下の話題提供がおこなわれました.

1.門田浩二 (東海学園大学)
「自己運動に潜む他者」
2.阿部匡樹 (ノースイースタン大学)
「変えるべきか,変えないべきか,それが問題だ:身体の不確かさと運動の調整」
3.宮崎 真 (高知工科大学)
「身体を跳び出す皮膚兎―錯覚作用が顕わにする道具の身体化」
4.樋口貴広 (首都大学東京)
「動きの中で知覚される身体と環境の関係」
5.大島浩幸 (北海道大学)・山田憲政 先生(北海道大学)
「出来ることは視えること:身体運動技術レベルと身体運動観察能力の関連」

これらの話題は,「意識を介さない素早い反応」,「道具の身体化」,「運動観察能力」など,リハビリテーション場面において考えるべき運動制御・運動学習のトピックスを含んでいます.




これらの発表のうち,特にリハビリテーションの問題を考える上で重要と感じた,阿部匡樹氏の発表,「身体の不確かさと運動の調整」について,概要を報告します.

意図して行為が正確に実行できなかったとき,その原因は,①意図した行為を正確に実行できることができなかったという「運動の不確かさ」のレベルと,②意図した行為そのものが環境にそぐわなかったという「環境に応じた運動意図の不適切さ」のレベルに分けることができます.阿部氏は②の環境に即した運動意図の調整を,「マッピングの調整」と呼んでいます.

阿部氏は,「運動の確かさが保証されるまでは,私たちは運動が正確に実行できなかった場合の原因を身体の不確かさの問題ととらえるため,運動意図そのものを変えることはしない」という確率モデルを示し,それを実証するデータを報告しました.

この指摘は,リハビリテーションにおける運動学習の問題を考える上でも,非常に大きな問題と思います.

例えば,実環境で転倒せずに歩行するためには,路面状況に応じた運動の調整(すなわち状況に合わせた運動意図,マッピングの調整)を行う必要があります.阿部氏のモデルが真実ならば,出力される運動の変動性が高い患者さんの場合,環境に即応的な運動意図・マッピングの調整を行う機会を与えても,その調整の問題を訓練することができない,ということになります.

私自身は,実環境に近い場面での歩行訓練をリハビリテーションの過程に導入することが,環境に即応的な歩行能力を身につけるために有用なのではないかと考え,そうした根拠が得られるかどうかについて研究をしています.しかし阿部氏の報告は,歩行そのものの確かさが保証される前の導入は,少なくとも意識的なレベルでの環境適応にはつながらないのではないか,というメッセージを発しています.

類似するような報告が,一般ポスター発表の中にもありました.

鹿屋体育大学大学院生の幾留沙智氏は,接近してくるターゲットに対してタイミングを合わせてリーチするという,環境適応型の運動スキル(オープンスキル)を対象として,このスキル効率よく学ぶ学習法について検討しました.その結果,いつも同じ速度でタイミングを一致させる訓練をしたほうが(分集法),変化がある条件の中で学習するよりも(全習法),結果的に環境の変化に対応できるスキルが学習されたと報告しました.

これらの報告から,単一動作の繰り返しの練習により動作スキルの再現性を高めることは,環境に即して運動を微調整するスキルの基礎スキルとして重要なのだということが示唆されます.これらの結果は,これまでの一般的な考え方と必ずしも一致しない部分もあり,さらなる実証研究が必要とも思いますが,個人的には自分自身の考え方を客観視するうえで,非常に参考になりました.



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