セラピストにむけた情報発信



皮膚感覚に迷い込んだウサギが身体外に飛び出す?-Miyazaki et al 2010



2010年4月12日

この15年のうちに,道具やモノが身体の一部として脳内で表象されていることを示す現象が数多く報告されています.1つの特徴は,日本人研究者の研究が重要な情報を提供していることです.サルが熊手を使いこなす現象を検討した研究(Iriki et al. 1996)や人間において手に持ったスティックが手の延長として知覚されていることを示した研究(Yamamoto & Kitazawa, 2001)などはその代表です.

本日ご紹介する論文も,やはり日本人研究者による優れた成果のご紹介です.私と年齢も近く,日ごろから親しくさせていただいている高知工科大の宮崎真氏が,早稲田大学在職時に研究された成果です.

Miyazaki M et al. The “Cutaneous Rabbit” hopping out of the body. J Neurosci 30, 1856-1860, 2010

この研究で対象となったのは,“皮膚兎感覚(cutaneous rabbit)”と呼ばれる錯覚現象です.この現象は2つの部位(仮に部位A,Bと表現します)に連続的に皮膚刺激を呈示すると,部位AとBの間の空間にも,本来は感じるはずのない皮膚感覚が生じるというものです.まるで迷い込んだウサギがぴょんと跳ねたように,突如として何もない場所に皮膚感覚が生起することから,このように命名されました.

この現象自体は比較的古くから知られていましたが,宮崎さんの研究では,この錯覚が身体以外の物体上にも生起することを示しれました.左右の人差し指の間に平坦な棒を設置して,人差し指に連続的に刺激を呈示すると,錯覚がこの棒の上にも生起したということです.

身体外の物体上で皮膚感覚(身体感覚)が生起するという現象は,様々な形で報告がなされています.その中で宮崎さんの研究が新しいのは,この皮膚兎感覚が一次体性感覚野(S1)に起因する現象であることがあげられます.一時体性感覚野は,一次体性感覚野は体部位再現性が高く,基本的には身体をマッピングしている部位といわれています.従って,物体を表象するといった特性を持っているとは考えにくい,というのが一般的見解です.

宮崎さんの研究成果から,皮膚兎感覚に関する従来の考え方には一部修正が必要であることがわかります.従来の考え方の何を改めるべきかについては,少なくとも2つの方向性があります.

1つは,「皮膚兎感覚の現象には,これまで‘道具の身体化’の現象に関与することが指摘されている後頭頂葉などが関与している」という可能性,もう一つは「一次体性感覚野自体が身体外の物体を身体マップに取り込める性質を持っている」,という可能性です.2つ目の考え方は,現状ではかなり大胆な仮説ですが,もしこれが正しいなら非常に新規な発見といえます.こうした斬新な発想は,それを追従する多くの研究を生み出しますので,宮崎さんの成果は今後多くの研究者によってその意義が検討されるものと思います.

リハビリテーションの領域では,杖や装具など,様々な道具を提供することも多いことから,道具を身体の一部として使いこなす背景にある脳内機序については,大変興味深いところです.現状では基礎的研究が多いですが,リハビリテーションやスポーツの現場から生まれた実践的な研究成果がもっとあれば良いなとも感じます.有益な情報をお持ちのセラピストの方は,ぜひ論文執筆にチャレンジされてはいかがでしょうか.



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