セラピストにむけた情報発信



研修会報告:身体運動学セミナーⅡ@福岡




2010年9月24日

9月18-19日に,福岡県和白リハビリテーション学院にて,「身体運動学セミナーⅡ:脳科学・知覚・認知・運動連鎖の臨床応用」が開催されました.

このセミナーは,運動連鎖アプローチ研究所の山本尚司先生が主催するセミナーであり,2月の基礎セミナーに続く,第2回目のセミナーです.(第1回目の様子はこちらをご覧ください.)

2月のセミナーが,拙著「身体運動学」の解説的な意味合いが強かったのに対し,今回のセミナーでは,基礎的知識をいかに臨床に実践応用していくか,ということが主たるテーマとなりました.

このテーマを実現するため,今回のセミナーでは,初日に4名の理学療法士さんが講師となり,ご自身の現場で実践されているアプローチを紹介してくださいました.いずれも魅力ある発表でありましたので,以下にその内容をご紹介します.

セミナー全体に渡る詳細なレポートは主催者の山本先生ご自身のHPをご参照ください


吉田大地さん(大今里リハビリテーションセンター)は,クモ膜下出血後,12年ほど自立歩行が困難であった患者さんに対するリハビリテーションについてご紹介くださいました.

この患者さんは,歩行に関連する様々な機能が顕著に低下しており,アプローチが大変困難でしたが,吉田さんは残存する足底部の皮膚感覚に着目し,足部の皮膚刺激から,体幹の収縮や足部自体の収縮を促し,歩行の自立化を目指しました.

その結果,他の訓練も含めた効果ではあるものの,6ヶ月後の自立的な歩行を促すことができました.本当にこの成果が皮膚感覚に対する介入の効果なのかについては,直接的な根拠がないため,議論の余地が多くありますが,足底の皮膚刺激によって底屈の反射を促すことができたり,足部や体幹部に対してこれまでは見られなかった主観的感覚(ピリピリ感)を体験したりするなど,何らかの関連性を期待させるものでした.

山岸恵理子さん(三郷中央総合病院)は,半側空間無視を改善させるための身体的・運動学的アプローチについて,広範囲にわたる脳梗塞に伴う左半側空間無視患者さんを対象とした事例をご紹介くださいました.具体的なアプローチ方法として,①後部下筋群,頚部伸筋群をリリースし,体幹部に対して頭部を左回旋するアプローチ,および②頭部を正中軸に固定した状態で,頭部に対して眼球運動を左回旋するアプローチの2つを試されました.

その結果,1週間程度の介入により,左無視の度合いは改善し,その効果は少なくとも1週間程度の持続効果がありました.

残念ながら①と②のどちらがより有益な効果であったか,といった詳細については不明瞭な点が多いのですが,空間認知と運動にかかわる問題として興味深いと思いました.

内倉清等さん(潤和会記念病院)は,周辺視野に存在するターゲットに対するリーチングのみに障害を呈する患者さんに対し,体性感覚的な問題(関節位置覚の不正確性など)を改善するアプローチをしたところ,リーチングの正確性が向上したというケーススタディを報告されていました.

リーチングの正確性に対する数量化が完全ではないため,議論の余地のある部分もあるとは思いますが,左上頭頂小葉障害により視覚と体性感覚の統合に問題があるのでは,といった議論がなされました.

奥埜博之さん(摂南総合病院)は,小脳運動失調に対するアプローチとして,「運動に対する言語理解を促す」ことの実践結果について発表されました.

小脳は運動の調整に加えて,運動の意図といった高次の認知過程を担う組織だというのが,比較的新しい成果として認識されています.奥埜さんは”言葉に表現される運動理解”と”運動制御”には意味のある関連性があるという考え方に基づき,患側に対する運動理解をセラピストが言語的に介助してあげることが,運動機能の回復につながるということを示す症例報告を,動画にて示してくださいました.

当日示された症例報告では,足底圧の感覚に対する健側と患側の際に着目して,患側の言語報告に耳を傾けながら,リハビリを行っていく様子が上映されました.対象となった患者さんは,その介入直後に歩行の自立度が高まっている様子が確認されました.

症例報告のいずれも,運動機能の問題を抱えた患者さんに対して,知覚・認知的側面に対するアプローチの有用性を検討しようとしています.こうしたアプローチ自体が私自身にとって新鮮なものも多く,興味深く拝見することができました.

同時に,それぞれの方法や考察の客観性といった観点からは,いろいろと気づく点もありました.私たち研究者の役割の1つとして,こうした素晴らしい着眼点の研究の妥当性・客観性をサポートすることが今後ますます重要になると,改めて自覚した次第です.



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