セラピストにむけた情報発信



身体運動学セミナー@福岡



2010年2月8日

2月7日に,福岡にて拙著「身体運動学-知覚・認知からのメッセージ」にかかわるセミナーが開催されました.主催者は,本学修了生である理学療法士山本尚司氏(運動連鎖アプローチ研究所)であり,福岡に在住される理学療法士の高橋直子氏が運営を統括してくださいました.

セミナーでは4名の講師が発表をいたしました.著者の森岡先生と私が,本の内容をベースにした基礎的研究の成果とその臨床応用に関する内容をお話し,山本尚司氏と理学療法士の吉田大地さん(湯布院厚生年金病院)が,臨床応用の実例をご紹介するというスタイルでした.

私自身は,視線と歩行に関する話題,および雑誌「理学療法」に最近掲載された総説論文「運動障害に対する教示法の考え方」の内容についてご紹介いたしました.

視線と歩行については,歩行の制御に視覚がどのように貢献しているかということについて,専門的な話題を提供しました.これに対して発表中の質疑応答や発表後の個別質問では,視線の動きそのものや,遠方の情報を利用して予測的に歩行を調節することにおいて,臨床の観点から重要なご質問をいただきました.

たとえば,歩行通路に連続的に並んでいる2つの障害物をまたいでもらう課題の場合,2つ目の障害物をまたぎやすいように,1つ目の障害物のまたぎ方を微調整する,という文献を紹介しました(Krell & Patla, 2002, Gait Pos).これに対して,新松田会愛宕病院の掛水真紀氏は,臨床で観察する高齢者の場合,似たような課題を遂行すると,2つ目の障害物を先読みすることで,かえって1つ目の障害物をまたぐ際の後続脚を障害物に引っかけてしまうという失敗をする,というエピソードを教えてくださいました.確かに,先読みしすぎて足もとがおろそかになるというエピソードは,研究領域でもしばしば指摘されることです(Chapman & Holland, 2006, Gait Pos ).

普段の私の発表では,遠方の視覚情報を利用して動作を予測的に修正することを,ポジティブな文脈でのみ語ることが多かったのですが,この「先読みしすぎて足もとがおろそかになる」という危険性についても,十分に認識すべきであることを学びました.

他の先生方の発表からも,様々な情報を入手することができました.

森岡先生は運動学習の問題について,身体運動学で使用した図を忠実に利用しながら,それらの研究の意味をわかりやすく解説してくれました.基本的なコンセプトとして,「リハビリテーションは病変状態からの学習(過程)である」,「脳と身体は「認知」「行為」という視点でシステムを構成している」,「脳は身体がなければ学習することができない」といったことを掲げながら,これらのコンセプトに関係する知見をご紹介くださいました.特に今回のご発表では,森岡先生自身の研究成果も随所に紹介されたことで,基礎科学の分野で得られた知見を臨床場面に置き換えて研究をすることのヒントをいただいたような気がしています.

膨大な知見を本の中でコンパクトに解説しようとすると,どうしても個々の研究の細かい解説ができず,聴衆の理解を導くのが困難になりがちです.しかし森岡先生の研究では,意図的に細かい部分の説明することをやめて,その研究からリハビリテーションに応用できることは何か,ということに特化して解説をしてくれます.いわば,「詳細が知りたければ自分で調べろ!」といったスタイルです.リハビリテーションに役に立つことを確信的に示したうえで,それに対する自発的な学習を促すという発表のスタイルは,大学人としても見習うべきものがあるなと感じました.

山本尚司氏は,理学療法士として患者さんに触診をする際に,身体のバランスの乱れを気づかせてあげるためのプロセスが重要であることを,臨床的な視点からご説明してくださいました.たとえば,身体の左右バランスが乱れている患者に対して左右同質同圧にパルペーションするとよいなど,臨床場面ですぐに実施しやすい実例の紹介がありました.

山本氏のご発表で最も興味深かったのは,身体に関する主観的な認識が客観的な実態とずれる原因として,ターゲットとなる部位とは別の部位の代償行為を考えるべきだ,という主張です.たとえば足関節の屈曲をする場合,骨盤の前傾で代償するほうが,足関節の屈曲を楽にできると感じるそうです.この際,骨盤の前傾によって得られる筋肉の収縮感により,実際には足関節がそれほど屈曲していないにもかかわらず,主観的には大きな屈曲をしているように感じる,といったずれを引き起こす,と解説してくださいました.ある身体部位の屈曲が別の部位の屈曲に対する認識にこうした影響を与えるならば,こうした代償が起こらないように患者をモニターすることが,セラピストの一つの役割と言えるのかもしれません.

吉田大地さんは,脳出血左片麻痺の患者さんのリハビリテーションに関する症例報告をお話しくださり,その介入や評価方法として,身体運動学の中で得られる知見がどのように応用されたのかについて,ご紹介いただきました.その中で目標とされていたのは,「ボディイメージの再形成」でした.対象となった患者は左右の加重バランスや,麻痺側の身体位置感覚に歪みが生じているため,それらを改善していくプロセスとして,「運動することにより得られる知覚情報を利用して,身体図式を書き換えていく」,「書き換えられた身体図式をもとに,改善された運動イメージやボディイメージが生成される」,「ボディイメージを評価する方法として描画法を用いる」といったプロセスを試されていました.

吉田さんのご発表のうち,私たちの研究室にとって有益な財産だったのは,患者の視線位置を上に向かせるための試案です.下肢に麻痺のある患者さんが,麻痺した感覚を視覚的に代償するかのように下を向いて歩く,といった行為は,私たちの研究室でも研究対象としている問題です.このような患者さんに対して,吉田さんは両手にバルーンを持たせることで,足元が見えない状況を作り出したところ,特に指示を与えなくても,患者さんの視線が上にあがったそうです.またそれに対して,患者が「下を向かなくても案外歩けるものだなあ」という認識を持ち,その後の歩行の際の視線行動にも若干の改善が見られたということです.こうした言語教示に頼らない介入方法から学ぶべき点がありました.

セミナー会場となった福岡和白リハビリテーション学院は,建物内が非常にスタイリッシュで,クラッシックの音楽が常時流れているなど,美的感覚に優れた学校でした.こうした環境に触れることができたのも,とても良い刺激になりました.


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