セラピストにむけた情報発信



立位姿勢のフィードバック制御:Peterka et al. 2004



2010年4月26日

本日ご紹介するのは,立位姿勢が感覚情報を用いたフィードバック制御で維持されていることを,非常に厳密な実験やモデリングで可視化した実験です.

Peterka RJ et al. Dynamic regulation of sensorimotor integration in human postural control. J Neurophysiol 91, 410-423

この研究は2004年に発表された研究ですが,私がこの論文の存在をごく最近知ったため,今このタイミングでご紹介している次第です.余談ではありますが,まずはその背景について説明いたします.

今年度,新たに5人の大学院生が加わりました.これで今中先生と私の2名で指導する院生が合計11名となり,それなりの大所帯となりました.院生のうち,4-5名がフォースプレートを用いた立位姿勢制御を主たる実験課題とする予定です.

私自身はこれまで立位姿勢制御を実験課題として扱った経験がないことから,姿勢制御に関する理解は,目新しい論文にざっと目を通す程度の表面的なものでありました.しかしこれだけ多くの学生が立位姿勢制御に関わるとなれば,こうした表面的な理解だけでは不十分なため,大学院生の力を借りて,立位姿勢制御の知識に関して研究室全体の共通理解を持つ機会を作ろうと考えています.

本日ご紹介する2004年の論文は,そうした機会に利用できる論文を探索する中で発見した,「実験論文としての1つの理想形」と私が考える論文です.

私がこのように考える最大の理由は,1つの実験とシミュレーションを組み合わせることで,姿勢がどのように制御されているかについてのモデルを,非常にクリアーに示している点にあります.

こうしたモデルを作るためには,可能な限り動作を単純化する必要があります.立位姿勢の保持は一見したところ単純な動作ですが,入力される感覚情報を統合するメカニズムを考えるだけでも,非常に複雑なモデルを構築しなくてはなりません.従ってそのモデル化にあたっては,必要不可欠な要素を除いて,制御に影響しないように統制する必要があります.

Peterka et al.の実験では,利用されるフィードバック情報を下肢体性感覚と重力情報に限定するため,目隠しとヘッドフォンを用いて視覚と聴覚のフィードバックを妨げました.さらに動揺を前後方向成分のみに限定するために,背中に背負ったリュックサックを介して外部装置に半固定されました.

このようにかなり厳密に統制されてた条件のもと,床面を(a)姿勢動揺量に一致する方向,および(b)逆方向,のいずれかの条件に動かし,立位姿勢を保ってもらいます.たとえば姿勢が2度傾いた場合,通常はその分だけ下肢筋肉が伸張され,それを伝える体性感覚情報がフィードバックされます.しかし(a)の場合,この情報が床面の操作でキャンセルされるため,中枢神経系が利用できるフィードバック情報は重力情報のみとなります.逆に(b)の場合,下肢筋肉の伸張が倍の大きさとなるように床が傾くため,体性感覚情報の占めるウェイトが通常よりも大きくなります.

実験参加者は3分間の課題の最中に,こうした床の操作条件で1分ほど立位姿勢保持をおこない,その直後に通常の状況で立位姿勢を1分間続けました.すると一時的に大きな振幅の姿勢動揺が生じて,その後通常の姿勢動揺に収束しました.Peterka et al.は,この一時的な動揺の発生や収束に至るプロセスが,フィードバック情報の利用のみで構築されたモデルで,ほぼ完ぺきに説明できることを示すことで,モデルの正しさを立証しました.

考察を読む限り,著者らは,実環境における複雑な姿勢制御の場合には,フィードバック情報に基づかない制御,例えば過去の経験に基づきあらかじめ姿勢を調整しておくフィードフォワード制御(予測的制御)などが重要であることは,十分に認識しているようです.しかし,こうした予測的制御が利用しにくい実験環境の場合には,フィードバック制御だけでほぼ完ぺきにその制御を説明できると強く主張しました.

こうした強い主張の背景には,主張の異なる先行研究についての詳細な理解や,自らがおこなう実験の完璧な可視化など,研究に対する確固たる自信があります.またモデルの妥当性の検証のため,実験課題を極力シンプルにして,想定外の要因が影響する余地を少なくしていることも,結果の妥当性を強く主張するのに不可欠です..

最近はできるだけ実環境に近い文脈で実験をおこなうというのが,一つの研究の流れであります(過去ページをご参照ください).私自身も歩行研究において,そうした試みを積極的におこなっております.こうした研究は,実験の厳密性が著しく損なわれるリスクもありますので,時折こうした厳格な実験に触れることで,地に足のついた研究スタイルを忘れないということも重要です.当初この論文を読む目的でありました,姿勢制御の理解だけでなく,厳格な研究の追求という意味でも,大変勉強になる論文でした.



(メインページへ戻る)