セラピストにむけた情報発信



急激な視環境の変化に対する高齢者の適応能力(2)



2010年3月30日

前回に引き続き,視環境が急激に変化したときに高齢者の姿勢動揺が大きくなることを示した研究事例を紹介します.

O’Connor KW et al. 2008 Postural adaptations to repeated optic flow stimulation in older adults. Gait Posture 28, 385-391.

今回の研究では,オプティックフローの振幅に対する姿勢応答について,高齢者と若齢者の結果を比較することを目的としています.提示された視覚刺激は,大型のダーツの的(まと)が拡大縮小するような刺激(刺激が前後方向に動くように知覚される)です.前回ご紹介したSimoneau et al. (1999)の研究では,実際のエレベータにできるだけ近い環境が用意されましたが,そうした取り組みとは対照的に,極めて‘実験室的’な環境です.

実験では平均70歳の高齢者24名,および若齢者25名を対象に,刺激の拡大縮小の速度の影響や,測定中に速度を切り替えた場合の姿勢応答について検討しました.

その結果,刺激の拡大縮小の速度が速い場合には,年齢に関わらず姿勢動揺は大きくなりましたが,高齢者のほうが特に大きな動揺を示しました.

また若齢者の場合,こうした刺激を1試行経験すると,その次の試行には動揺が少なくなりましたが,高齢者の場合,数試行の経験を経ても,大きな動揺は依然として残っており,完全に適応できませんでした.

さらに測定中,予告なしに刺激の拡大縮小の速度を遅いものから早いものに切り替えたとき,高齢者は非常に大きな動揺を示しました.若齢者の場合はこうした動揺が顕著ではありませんでした.

これらの結果を総合すると,やはり高齢者は視環境が急激に変化したときに,姿勢動揺が大きくなるといえそうです.

なおO’Connor KW et alの論文では,この結果を受けて,「高齢者は若齢者よりも視覚フィードバックに依存した姿勢制御をおこなっている」という考察をしています(p.390右側).この発言は,臨床場面でしばしば指摘される「高齢者は若齢者よりも視覚に依存して姿勢を維持する」ということを受けての発言と思います.

しかしながら,今回の実験結果だけでこの発言をするのは誤っているように思います.

彼らが引用した先行研究によれば,高齢者は視環境だけでなく,前庭感覚情報が急激に変化したときにも,高齢者の姿勢動揺は大きくなるそうです.こうなると,「高齢者は視覚刺激に依存している」のではなく,「感覚情報の激しい変化に対して動揺が大きくなる」と解釈すべきです.視覚刺激に大きく依存していることを示すためには,“他の感覚情報の類似の変化”と比較検討する必要があり,非常に複雑なデザインの実験をしなくてはいけません.


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