セラピストにむけた情報発信



セミナー報告「感覚、知覚、運動、行動における非意識的過程」



2010年2月15日

2010年2月12日に,研究室主催のイベントとして標記セミナーを開催いたしました.このセミナーは,今年度本学にて開催いたしました日本スポーツ心理学会第36回大会にて,大会の目玉として企画したシンポジウムのサテライト版として開催されました.

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4名の演者の先生が,それぞれの専門的見地から,非意識的な過程が運動・行動に及ぼす影響について話題提供をおこないました.

私の上司であります今中國泰は,「知覚とは脳内表象の世界であり,意識は物理的世界を反映していない」という主張について,時間的側面と空間的側面から解説をしました.たとえば時間的側面については,刺激を検知してから脳内で処理されるまでにどうしても一定の時間がかかる結果,「目の前に今まさに起こっていると感じているイベントは,時間的には少し前に終了したイベントである」ことになります.これは,「意識は遅れてやってくる」という問題として,私たちの領域では頻繁に議論されます.その上で,刺激に対する運動反応では時間遅れが許されないことから,知覚処理とは別の経路で運動に必要な情報処理がなされていることについて説明をしました.

JST-ERATO下條潜在脳機能プロジェクトの門田浩二氏も,今中と同様,「私たちの顕在的な知覚や意識が必ずしも運動制御に利用されているわけではない」ということについて,グループで遂行された実験をご紹介してくださいました.たとえば,あるターゲットに対して手を伸ばすリーチング課題において,背景の視覚映像が一定の方向に流れると,その背景の動きに引っ張られるように,腕の軌道が一時的に 直線的な軌道から逸脱するという現象が出てきます.門田氏によれば,これが日常生活において私たち自身が動いている状況で正しくリーリングするための手ぶれ機能の役割をはたしている,ということです.

本学教授の北一郎氏は,意識にのぼらない脳機能と運動・行動の問題として,ラットを用いた実験成果をご紹介くださいました.北氏は,壁の色や背景音といった環境刺激の有無や,一定の強度を持つ運動をおこなうことが,ラットの不安行動やそれを引き起こす脳活動に影響を与えるかについて検討しました.一連の結果を概観すると,適度な強度を持つ環境刺激・運動刺激を与えることは,それ自体が心身のストレス刺激として作用することで,結果としてストレス耐性が高まり,不安行動が軽減するのではないか,という主張がなされました.

日本学術振興会特別研究員の及川昌典氏は,意識にのぼらない形で提示されるプライミング刺激を先行的に提示すると,その後の社会的行動がプライミング刺激の内容によって変化する,という現象について説明をしました.ここでいう社会的行動とは,「歩いている途中に偶然困っている人を見かけたら援助する」とか,「試験に対して高いモチベーションで勉強をする,といった行動」など,高次の活動を指します.本来こうした行動は,意図的・自覚的な意思決定のもとで遂行されると考えられていましたが,及川氏はこうした行動にも無意識的な過程が影響しうるということについて説明をして下さいました.

いずれの話題提供も,私たちの自覚を伴わないレベルでの行動調整を示すものであり,こうした話題に精通していない人にとっては,驚くべき話題が満載であったと思います.今回はリハビリテーション関連の話題提供はありませんでしたが,今後も継続的にセミナー活動をおこない,現場への応用可能性が高い話題も増やしていきたいと考えております.


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