セラピストにむけた情報発信



狭い空間を通り抜ける際の知覚運動制御2−関連研究



2009年3月25日

前回紹介いたしまいた「狭い空間を通り抜ける際の知覚運動制御」という私たちの研究テーマにつきまして,他の研究室で行われている関連研究を紹介いたします.自分の発表した論文が引用され,そのうえで新たな研究の発展について学ぶことができるのは,研究をする者にとってささやかな喜びでもあります.一方で,あまりゆったりと研究していると,こちらが考えていることが他者によって発表されてしまうという緊張感も与えてくれます.


Wagman JB et al. Perceiving affordances for aperture crossing for the person-plus-object system. Ecol Psychol 17, 105-130, 2005

手にT型の長いバーを持って通り抜けられるスペースを正確に判断できるかを検討しています.

重要な発見は,このバーを直接見ることなく,バーを振り動かすことで判断する条件でも(haptic条件),バーを目の前に置き,バーに触れることなく視覚的に判断する条件(visual条件)でも,類似した判断結果となるという点です(ただし視覚的な判断のほうがより正確です).すなわち,空間と身体+モノとの関係性を知覚するのに必要な情報は単一ではなく,多様な情報を利用できるということになります.

視覚情報を利用できない視覚障害者や,車いす利用中に体性感覚を利用できない頚髄損傷者であっても,一定の訓練後に安全に空間が移動できるようになる背景には,このような知覚の柔軟性が関係していると考えられます.


Stoffregen TA et al. Movement in the perception of an affordance for wheelchair locomotion. Ecol Psycho 21, 1-36, 2007

車いす利用中に接触せずに通り抜けられる“高さ”(幅ではない)の知覚に関する研究です.若齢健常者が初めて車いすを利用する場合の判断を測定しています.

私たちの報告と共通する結果もありますが,最大の違いは,事前にわずかな時間だけ車いす操作を経験するだけで,判断が向上するという点です.この点は私たちの実験でも何度か検証してきた問題です.車いすを使ったことがない健常者は,実際には車いすで通り抜けることができない隙間に対して,「通り抜けることができる」と判断してしまいます.この課題の直前に,実際に車いすを利用して狭い空間を通り抜ける経験をさせても,わずかな経験では若齢健常者の判断に改善は見られませんでした.

Stoffregenの研究における事前訓練は,とりたてて特別な経験でもなく,なぜこのような違いが見られるのかについては,現在のところ不明です.短期間で車いすに適応できる事前訓練があるとすれば,それは臨床的にも大きな意義がありますので,是非その詳細を明らかにしたいところです.


Ishak S et al. Perceiving affordances for fitting through apertures. J Exp Psychol Hum Percept Perform 34, 1501-1514, 2008

狭い穴に手を入れる上肢課題でも,歩行などの空間移動課題と同じような知覚特性がみられることを報告した論文です.上肢動作と移動行動の知覚運動制御に関する共通性を明らかにする研究は,意外にも少ないので,それ自体価値があります.さらにこの成果は,移動行動に関する私たちの取り組みが,上肢動作の問題にも応用可能であることを示すものであり,とても心強い報告です.




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