セラピストにむけた情報発信



高齢者の隙間通過行動:行動と知覚判断の関連性
(Hackney et al. 2013)




2012年12月25日

今回は,高齢者の隙間通過行動に関する研究の紹介です.

Hackney A. et al. Older adults are guided by their dynamic perceptions during aperture crossing. Gait Posture 37; 93-97, 2013

この論文は,私がWaterlooに滞在していた際の同僚であり,現在も共同研究者としてよき関係を築いている,Michell E. Cinelli氏のグループによる報告です.

もともと彼らは先行研究として,高齢者が隙間を通過する場合,若齢者よりも大きなマージンを空けること(つまり若齢者よりも早い段階で体幹を回旋すること),そして一定の隙間に対する回旋角度が,試行間でばらつくことを確認していました(Hackney et al. 2011, Gait Pos).

今回の研究では,各隙間幅に対して大きなマージンを空けることが,行動を開始する前の知覚判断の段階で既に兆候として見られるのかについて検討しました.知覚判断とは,目の前に呈示された様々な幅の隙間に対して,体幹の回旋をすることなく通り抜けられるかどうかについて,Yes/No形式で回答し,できるだけ正確に判断するというものです.

知覚判断の条件として,隙間まで5mの地点で立った状態で判断する条件(Static)と,隙間から10mの地点より歩き始めて,5mの地点で歩きながら判断する条件(Dynamic)がありました.

実験の結果,高齢者と若齢者の間に違いが見られたのは,Dynamic条件のみであり,やはり先行研究と同様,若齢者よりも広い隙間に対して「回旋なしでは通過できない」と判断することがわかりました.一方,Static条件では違いは見られませんでした.以上の結果から,Cinelli氏らは,高齢者の隙間通過行動が若齢者と異なるのは,歩きながら動的視覚情報に基づいて行う知覚判断のレベルで違いがあるためだろうと推察しました.

高齢者の転倒は,単に身体機能・運動の低下によるバランス能力の低下だけで引き起こされるのではなく,自分自身の能力や,身体と環境の関係性を正確に知覚できないことにあるのではないかという指摘があります(関連文献はこちらをご覧ください).

今回の報告で見られ高齢者の隙間通過行動の特性は,必ずしもそれ自体が転倒に結びつくような危険なものではありません.むしろ接触を避けるための安全策を取っていると解釈することもできます.よってこの論文の意義は,高齢者の隙間通過行動が知覚判断の結果に基づいて行われている可能性について実証した点にあると考えるべきと思います.すなわち,行動の問題を改善するためには行動に先立つ知覚判断を改善すべきだという事を間接的に示している点が,この論文の意義となります.



2012年の更新はこれで終了です.一年間ご支援くださり本当にありがとうございました.次回は1月7日以降に更新予定です.

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