セラピストにむけた情報発信



中心視野欠損高齢者の歩行特性 Timmis et al. 2012




2012年9月20日

加齢により眼が見えにくくなると,歩行にも様々な影響が生じます.

本日ご紹介する論文では,中心視野に欠損が見られる高齢者の歩行特性が,通常視野の高齢者の歩行特性と顕著に異なるのは,安全な通路上の歩行ではなく,障害物回避動作などの適応的歩行場面であることを報告しています.

Timmis M et al. Patients with central visual field loss adopt a cautious gait strategy during tasks which present a high risk of falling. Invest Ophthalmol Vis Sci 53(7), 4120-9, 2012

参加者は中心視野欠損高齢者10名(平均77±10歳),および通常視野高齢者(平均72±6歳)でした.眼疾歴の詳細は記載されていませんが,対象者の年齢から察するに,加齢に伴って発症したケースが多いのだろうと推察します.

参加者は,歩行開始から5歩程度先に置かれた障害物を接触せずにまたぐことが求められました.この課題の途中,障害物が設置されない試行が挿入され,その歩行を通常歩行動作と位置付けました.

歩行動作の三次元動作解析の結果明らかになったのは,2つの高齢者グループの歩行動作特性が顕著に異なったのは,障害物回避動作のみであったということです.中心視野欠損高齢者は,障害物回避時に先導脚・後続脚ともに足を高く上げる傾向がありました.

こうした傾向は,英語では”cautious gait strategy”と表現されます.すなわち,接触の危険性を低めるために,必要以上に足を高く上げるという,慎重な方略を取っていることになります.

また中心視野欠損高齢者は,障害物にアプローチする段階で頭部を下方屈曲させる傾向が強いこともわかりました.視線行動をとっていないので推測にはとどまりますが,より足元近傍に近いエリアの視覚情報を取り込もうとするのだろうと考えられます.こうした傾向は,脳卒中片麻痺患者における歩行中の視線特性として,私たちの研究室から報告した内容とも一致しています

これに対し通常歩行時は,2つの高齢者グループに動作の違いは見られませんでした.通路の安全性が保障されていれば,中心視野欠損の影響は少ないのかもしれません.


転倒リスクの高い高齢者の問題が顕在化されるのは,安全な歩行環境ではなく,認知的負荷の高い歩行場面であることがしばしば指摘されます.共同研究者である京都大学の山田実氏も,その1人です.

今回紹介した研究では,転倒との関連性は一切述べられておらず,障害物回避動作での動作の変化の意味そのものは,クリアーではありません.しかし,歩行環境の設定によって,同一対象者に対する評価が全く異なるという知見としては,意味深い情報であると思います.

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