セラピストにむけた情報発信



高齢者の歩行イメージ能力:Personnier et al. 2010




2012年7月30日

運動イメージの想起中には,実際にその運動を実行する際に活動する脳部位活動が活発になることがわかっています.この事実から,運動を繰り返しイメージすることによって運動の学習をサポートできるのではないかという期待がもたれています.

運動イメージがこうした効果を持つためには,運動イメージがいかに鮮明であり,また正確であるかが重要であるという指摘があります.本日ご紹介する論文は,残念ながら高齢者が歩行をイメージする能力は若齢者ほど高くないこと報告した論文です.

Personnier P et al. Temporal features of imagined locomotion in normal aging. Neurosci Lett 476, 146-149, 2010.

実験には9名の高齢者(平均71.4±3.2歳)と9名の若齢者が参加しました.実験では5mの歩行通路を実際に歩く場合の所要時間と,その歩行をイメージした際に歩行開始から終了までのイメージ時間を比較し,どの程度正確であるかを検討しました.歩行通路の幅として,50cm,25cm, 15cmという3つの幅を設定しました.幅が狭いほど,実際の歩行でも着地位置などの厳密なコントロールが重要となります.こうした要素がイメージの正確性にどのように影響するかを見ることが狙いでした.

実験の結果,高齢者のイメージ上での歩行時間は,若齢者に比べて正確性が低く,実際の所要時間よりも長くイメージしました.こうした傾向は特に狭い通路幅で顕著でした.高齢者は若齢者と違って,通路の幅が狭くなるにつれて実際の歩行所要時間が長くなりました.高齢者がこのことを認識しており,幅が狭くなるほどイメージ時間が長くなったと思われますが,極端に長くしすぎる傾向が見られ,結果的に狭い通路幅ほどイメージが不正確となりました.

こうした研究結果だけを考えると,一般的な高齢者を対象として,運動イメージを利用した運動学習を行っていくのは,必ずしも容易ではないといえます.実際,運動イメージにまつわるこうした問題から,運動イメージよりも運動の観察・模倣のほうが,リハビリ度には有用だと主張する人もいます



運動イメージの想起につながる認知課題として,メンタルローテーションという課題があります.

メンタルローテーションとは,回転提示された視覚刺激をイメージ上で回転させて正立させる課題です.たとえば手の刺激を回転提示し,それが右手か左手かを素早く解答させます.こうした課題を遂行中には,やはり手の動作に関わる脳活動が賦活されることがわかっているため,メンタルローテーション課題は運動イメージの想起に利用できるのではないかと期待されています.この課題の場合,頭の中で実際の運動をイメージするよりも比較的簡単であり,かつ実際に運動をイメージできているかどうかを回転の所要時間から推察できるという利点があります.

本研究室の博士院生である川崎翼君は,メンタルローテーション課題を用いて運動イメージを想起させることが,姿勢バランス向上ための認知課題として利用できるのではないかと考え,様々な実験を行っています.成果を公表する段階には至っていませんが,ようやく様々な情報が集まってきて,議論できる材料が増えてきました.近い将来,メンタルローテーション課題の有効性の観点から,運動イメージとリハビリの問題について議論できればと思います.


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