セラピストにむけた情報発信



運動イメージと観察の実践応用を考える:Holmes et al. 2008




2011年5月19日
運動をイメージすることや,他者の動きを観察して模倣することの効果に対する研究成果は目覚ましく,リハビリテーション領域においては,その実践応用を考える機会も数多く提供されています.

本日ご紹介する論文は,主としてスポーツの指導に関わる読者向けに,運動イメージや観察の効果に対する研究動向,およびその応用可能性について解説している論文です.

Holmes P et al. A neuroscientific review of imagery and observation use in sport. J Mot Behav 40, 433-445, 2008

運動をイメージすることと,他者の運動を観察して模倣することの間には,多くの類似性があるだろという印象が持たれます.この論文では運動イメージと観察と同一視点から比較検討することで,両者の違いを効果的にまとめています.

運動をイメージする場合,通常は目を閉じます.即ち,すでに持ち合わせている情報に基づき,運動のイメージが内的に想起されます.著者はこうした過程をトップダウン的なプロセスと呼んでいます.

一方,運動を観察する場合,模範となる他者の動きを見ることから始まります.すなわち,運動に関する視覚情報を入力し,それを心的にシミュレートします.著者はこのように,感覚情報を契機に生み出される認知過程をボトムアップ的なプロセスと呼んでいます.

論文では,運動イメージと観察のそれぞれが,大脳皮質のうち運動関連領域と呼ばれる部位の活動を高めていることや,両者が運動関連領域の活動を効果的に高めるための諸条件がまとめられています.

その中で著者は,運動イメージや観察に関与する脳活動部位が,実際の身体運動に関与する脳活動部位と一致していることを,表面的なレベル(すなわち,PETやfMRIで同一部位が活動しているというレベル)だけでとらえるのではなく,より機能的レベル(たとえば,運動イメージには運動実行の抑制に関わる機構がかかわる)で捉えるべきだ,とまとめています.

さらに著者は,スポーツへの実践応用を考える上では,運動の観察のほうが運動イメージよりも応用可能性が高いと結論付けています.

この理由として,論文では複数のことが挙げられていますが,主としては,運動イメージを客観的に操作したり,さらにはその鮮明度を客観的に測定したりすることの難しさが,こうした結論の根底にあるように思います.

さらに,運動の観察に関わる脳内システムといわれているミラーニューロンシステムが,他者の運動行為の予測にも関与するため,状況判断が要求されるスポーツには効果的だ,ということも,観察のほうが応用可能性が高いという結論を後押ししているようです.

前述のように,この論文は,スポーツの指導に関わる読者向けに書かれています.しかしながら,論文中にスポーツ選手を対象とした実験の紹介はほとんどありません.

実際,スポーツ選手を対象にして,認知科学的見地からイメージや観察の研究をしている研究が少ないのです.スポーツ動作のようにダイナミックな動作の場合,シンプルな動作に比べて,そのイメージや観察には複雑な情報処理が必要であり,基礎科学の研究対象にはなりにくい,といった制約があるように思います.したがって,実際の応用可能性については,認知科学的な研究もさることながら,より臨床的な検証,すなわち実際の練習場面での効果の検証も必要だろうと感じます.


(メインページへ戻る)