セラピストにむけた情報発信



脳卒中片麻痺患者におけるオプティックフローの知覚に基づく進行方向修正:
Lamontagne et al. 2010




2012年6月21日

私たちは歩行中に知覚できる動的視覚情報,即ちオプティックフローの情報を用いて,歩行速度を調整したり,進行方向を正しい方向へ修正したりすることができます.本日ご紹介するのは,脳卒中片麻痺患者がオプティックフロー知覚に基づく進行方向修正に問題を抱えていることを報告した論文です.

Lamontagne A et al. 2010 Stroke affects locomotor steering responses to changing optic flow directions. Neurorehab Neural Repair 24, 457-468, 2010

以前このコーナーにおいて,脳卒中片麻痺患者が,限定的ながらオプティックフローの知覚に基ついて,歩行速度を調節できることを紹介しました.今回の論文もその際と同じ,カナダの研究者Lamontagne氏により発表されたものですが,今回は前回と違い,オプティックフローの知覚に基づく歩行調整の問題点を報告しています.


実験には10名の片麻痺患者(69±11歳)と,年齢をそろえた健常高齢者11名(コントロール)が参加しました.実験ではヘッドマウントディスプレイを用いて,バーチャルな空間の映像が呈示されました.この映像は参加者が実空間を歩いて移動するのに連動して動く仕組みになっています.参加者の目的は,このバーチャル空間上をまっすぐ歩くことでした.

実験では,参加者が実空間ではまっすぐに歩いているにもかかわらず,バーチャル空間上で左右のいずれかに進行方向がずれているかのような映像を呈示しました.この映像上の進行方向の情報源となるのがオプティックフローであり,フローが拡散する中心点の位置が進行方向に該当します.もし参加者がこのフロー映像を適切に知覚して歩行軌道を調整するならば,フロー映像が左にずれた時には実空間上での歩行軌道がそれとは逆の右に,映像が右にずれた時は実空間上での歩行軌道が左にずれるはずです.

実験の結果,片麻痺患者において,コントロール群の高齢者と同程度にフロー映像に対応できたのは,10名中たった1名でした.それ以外の9名は,フローがもたらす進行方向に全く対応できないケース3名,対応しようとはするが修正の方向に一貫性がないケース3名,そして常に脳損傷部位と対側に(即ち患測方向に)軌道を修正するケース3名に分かれました.

全体としていえることは,脳卒中片麻痺患者がオプティックフローの知覚に基づいて進行方向を修正するのは非常に困難ということです.観察できた3つのエラーのパターンについて,何がその規定因になっているのかについては,残念ながら明確にはわかりませんでした.3つのタイプは脳損傷部位の違いによるものではありませんでした.また,半側空間無視や歩行のバイオメカニカルな特性で言えば,歩行軌道は脳損傷部位と同側に(即ち健側方向に)逸脱するはずですが,今回報告された3つ目のタイプのエラーはその逆であり,予想外の結果であったようです.

著者のLamontagne A氏はバーチャル環境を利用して非常に生産的に研究を進めていることから,おそらく近いうちに,こうした疑問に対する答えを見出してくれるものと期待されます.


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