セラピストにむけた情報発信



オプティックフローを利用して脳卒中患者の歩行速度を上昇させる:
Lamontagne et al. 2007




2009年5月12日

脳卒中患者さんの中には,リハビリによって歩行機能が回復しても,歩行速度が健常時に比べて非常に遅く,それ以上は回復しないケースが見られます.このような患者さんの場合,たとえば信号付きの横断歩道を渡るなど,限られた時間で空間を移動しなくてはいけない状況で,安全上の問題が発生してしまいます.

今回ご紹介する論文は,制約つきながら,脳卒中患者が歩行中のオプティックフロー(光学的流動,optic flow)に合わせて歩行速度を上下させることができることを示した実験です.この原理を利用すれば,オプティックフローを操作できるバーチャルリアリティ空間を使って,脳卒中患者の歩行速度を上昇させるためのリハビリテーションが実現できるかもしれません.

Lamontagne et al. Modulation of walking speed by changing optic flow in persons with stroke. J Neuroeng Rehabil 4,22 (doi: 10.1186/1743-0003-4-22), 2007

オプティックフローの概念についてご存じない方は,過去のページ拙著をご参照ください.

オプティックフローの速度(視覚像の流動感;以下OF速度とします)と歩行速度は,常に対応した関係にあり,歩行速度が速いほど,OF速度も速くなります.従って私たちは,オプティックフローのスピードを知覚することで,自分がどの程度の速度で歩いているかを知覚することができます.

人間がOF速度を利用して歩行速度を調節していることは,バーチャルリアリティ空間の中でトレッドミル歩行をおこなう実験により,過去に何度も報告されてきました.バーチャルリアリティ空間では,歩行速度とOF速度の対応関係を崩すことができますので,実際の歩行時よりも早いOF速度や,遅いOF速度を呈示することができます.過去の実験では,健常者は呈示されたOF速度が遅ければ歩行速度を上げ,逆にOF速度が早ければ歩行速度を下げることが示されています.

Lamontagne et alの研究では,脳卒中患者がOF速度を利用して歩行速度を調節できるかを,バーチャル空間で検証しました.実験の結果,規則的なOF速度の変化に合わせた歩行速度の調節については,健常者よりも低いレベルでしか達成できませんでした(実験1).しかしながら,比較的短い歩行距離の中で,一定のOF速度変化に対応して歩行速度を調節する能力については,健常者と比べても遜色ないことがわかりました(実験2).

これらの結果を拡大解釈すれば,リハビリの中でOF速度を知覚させ,それに応じて歩行速度を上昇させる訓練をおこなうことにより,日常生活での歩行速度上昇を促すことができるかもしれない,ということになります.具体的なリハビリの方法については,現時点ではバーチャルリアリティ空間を使う方法でしか思いつきませんが,工夫次第では,実環境でも類似した効果を期待する訓練が可能かもしれません.

この論文も,前回同様,今年度入学した,社会人PT(修士1年)の吉田啓晃君に紹介していただきました.知覚・認知と歩行に関する研究だけでも膨大な数がありますので,その全てを一人の力で網羅することは容易ではありません.現在は有能な大学院生のお陰で,グループ全体として有益な知識が蓄積することができているため,とてもありがたく思っています.


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