セラピストにむけた情報発信



高齢者における観察学習の効果 Celnik P. et al. 2006




2012年1月28日

前回このコーナーでは,経頭蓋的磁気刺激法(TMS)を用いて,運動の観察やイメージの効果を検討する意義について解説した論文を紹介しました.本日は,この論文で紹介された研究の中から,高齢者を対象として観察の効果を検討した研究を取り上げ,その内容をご紹介したいと思います.

Celnik P. et al. Encoding a motor memory in the older adult by action observation. Neuroimage 29, 677-684, 2006

平均65歳(58-78歳)の高齢者11名が実験に参加しました.対象となる動作は親指の運動でした.事前の測定として,親指の運動に関わる一次運動野をTMSにより刺激し,その動作の方向性が確認されました.概してその方向性は,親指の伸展または内転動作でありました.

その後,参加者は以下の3つの条件全てにおいて,事前の測定で得られた動作と逆方向の親指の運動を30分間にわたり学習しました.3つの条件とは,実際にその動作を実践する運動条件(MT),他者がその動作をおこなっているビデオ映像を観察する条件(AO),そして,ビデオを観察しながら実際にその動作を実践する条件(MT+AO)でした.3つの条件をどの順番で行うかは,11人の参加者の中でカウンターバランスをとり,順序効果を相殺しておきます.

30分の学習後,再び事前の測定と同様に,TMS刺激がもたらす動作を測定しました.事前の測定に比べて,学習した方向(すなわち,事前の測定とは逆方向)への動作がどの程度誘発されるかを,学習効果の指標としました.

実験の結果,実際の動作と観察を組み合わせたMT+AO条件においてのみ,事前の測定と逆方向の動作が有意に増大することを確認しました.さらに,TMS刺激によって誘発されたMEPの振幅についても(用語の詳細は前回のページを参照),MT+AO条件においてのみ,事前の測定からの増大率が高くなりました.

以上の結果から,運動の観察は,実際の動作を伴う学習と組み合わせた場合には,動作に関わる皮質脊髄路の興奮性を高める結果,学習を促進させると結論づけられました.運動の学習に関する比較的クリアーな結果を,高齢者を対象として得たことは意義深いことのように思います.

運動の観察を,実際の動作を伴う学習と組み合わせるということは,おそらく参加者にとって,運動を模倣しようとする意図を明確に持って映像を観察することを意味するのだろうと考えています.

私たちの研究室では,理学療法士の渡邊塁君(博士後期2年)が,運動の模倣に関する研究を行っています.単に模倣をしやすくする条件を設定するだけでなく,学習効果が高くなる模倣条件とは何かについて,模倣中の脳活動の測定結果に基づいて検討しています.実験データの分析には膨大な時間がかかってしまいますが,得られる成果を楽しみにしながら,指導をしているところです.


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