セラピストにむけた情報発信



TMSを用いて運動の観察とイメージの効果について考える:
Loporto et al. 2011



2012年1月21日

今回ご紹介するのは,経頭蓋的磁気刺激法(Transcranial Magnetic Stimulation, 通称TMS)という方法を用いて,運動の観察やイメージの効果に対する認知神経科学的な根拠を見出すことの意義を示そうとするレビュー論文です.

Loporto M et al. Investigating central mechanisms underlying the effects of action observation and imagery through transcranial magnetic stimulation. J Mot Behav 43, 361-373, 2011

過去の論文の効果的なレビューに加えて,TMSという手法そのもの解説に力点を置いていることに特徴があります.実際,論文では約半分のスペースを用いて,TMSという手法を全く知らない読者を念頭に,その手法から適用例,方法論的な問題点などを懇切丁寧に解説しています.

TMSを用いた研究では,特殊な装置(通常,8の字型の装置)を頭の上の特定の場所に固定し,磁器刺激を呈示することで,頭蓋骨下の脳組織を刺激します.運動の観察やイメージに関する研究では,一般に大脳皮質の一次運動野に対して刺激を呈示します.

ターゲットとする四肢(例えば右手)の制御に関わる一次運動野の部位に正確に刺激が提示されるように事前の準備を行い,刺激を呈示します.するとその刺激は,直下の皮質脊髄路の活動を高める結果,ターゲットとなる四肢の皮膚表面上で容易に記録される活動電位を生じさせます.この活動電位を運動誘発電位(Motor Evoked Potential,MEP)と呼び,皮質脊髄路の興奮性を測定する指標として用いるわけです.

論文では,運動の観察やイメージによってMEPの振幅増大や,刺激から誘発電位の生起にかかる時間(onset latency)の短縮を報告した研究について,代表的なものを紹介しています.これらの結果はいずれも,運動の観察やイメージによって皮質脊髄路の興奮性が高まることを示すものであり,観察やイメージの有用性を実証していると考えられます.



この論文における主な論点は,運動の観察時に利用される認知神経機構と,イメージの際に利用される認知神経機構がほぼ共通している,というものです.そもそも,観察とイメージのいずれもが,「身体運動の実行に関わる機構にアクセスする」と想定されていることを考えれば,このように考えるのが自然だと私も思います.

これに対して,以前このコーナーでご紹介したレビュー論文では,運動の観察時に利用される認知神経機構と,イメージの際に利用される認知神経機構は,本質的には別の過程であるという主張をしています

類似の論文をレビューしても,結論が全く異なるということは,論文上しばしばみられることです.すなわち,どのような観点で論文をまとめるかによって,1つの論文が全く異なる扱いを受けることがあるのです.従って,あるレビュー論文で著名な研究者が1つの結論を示したからと言って,それを鵜呑みにすることなく,引用された論文そのものに目を通す事が重要となります.

平常は臨床業務に携われているセラピストの皆様には,当然そうした時間はないわけですが,最低限,別の著者が書いてみたレビュー論文も読んでみることで,客観性を保つような努力は必要かもしれません.

今回ご紹介した論文は,主としてスポーツに関連する研究者を対象として書かれていますが,リハビリ対象の人にも十分お薦めできます.実際,わずかではありますが,高齢者や脳卒中患者への適用の論文も紹介されています.

TMSを用いた研究に興味がある方は,最初の導入としてこの論文を読むことをお勧めします.


最近は理学療法士さんの中でも,TMSを用いた研究を積極的に行う方々が散見されるようになりました.私の知り合いの中では,広島大学で大学院生をされている上原一将さんが,船瀬広三先生のご指導の下でTMSを用いて研究されています.広島大学で研究されて2年になりますが,既に国際業績もいくつか挙げていらっしゃいます

TMSはMRIなどに比べると実験への導入が容易であることから,今後もTMSを利用したセラピストの方々が増えるのではないかと予想しています.

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