セラピストにむけた情報発信



首都大学東京OU講座「知覚認知とリハビリテーション」 vol.1




2011年8月15日
前回に引き続き,8月7日に行われたOU講座における,牧迫飛雄馬先生のお話の内容について紹介します.

牧迫先生は,これまで人間やラットを用いた研究を通して,運動が認知症予防に貢献できる可能性が,様々な形で示されていることについて解説してくださいました.その中でも特に,有酸素系(持久体力系)のトレーニングの有用性について,丁寧な解説がなされました.

ある研究によれば,有酸素系の能力が高い人(最大酸素摂取量が多い人)は脳の容量が大きいという相関関係がみられたそうです.牧迫先生自身の研究によっても,6分間の最大歩行距離(有酸素的体力の簡便な指標)が,やはり脳の委縮の程度に関連していたという報告がなされました.

牧迫先生のデータの中で,典型的な事例として出された 2人の年齢70代男性の結果比較は興味深いものでした.両者は,BMIの指標(身長から見た体重の割合を示す体格指数)や,日常動作の自立度,あるいは全般的な認知機能には何ら差がありませんでした.唯一の差が認められたのは,6分間の最大歩行距離でした.この二人の脳の活動を比較すると,歩行距離の短い人(すなわち有酸素系の能力が低い人)に脳の委縮がみられました.

ラットを用いた研究では,有酸素運動をすることによって,海馬における脳由来の神経栄養因子(BDNF)が増大することが確認されています.アルツハイマー型の認知症患者の場合,海馬におけるBDNFの量が非常に低くなることもわかっています.このことから牧迫先生は,有酸素運動をすることが海馬におけるBDNFの量を増やして,形態的特徴を維持することに寄与するのではないかというのが,現時点で考えうる有力な説明の1つだと解説されました.

このように,運動の効果を示す様々な研究成果がある一方で,国立長寿医療研究センターでターゲットにしている,「軽度認知障害(MCI,詳細は前回のページをご参照ください)」の高齢者を対象にした研究では,いつでも鮮明な効果が得られているわけではないことについても解説してくださいました.

先行知見としてお示しされた4件の研究は,いずれも最近の研究でしたが,いずれも海馬の機能を必要とする記憶課題については,運動による成績の向上が見られませんでした.したがって,MCIの高齢者に対する運動の効果については,今後まだまだ調べることが多くありそうです.

講演の終盤では,現在国立長寿医療研究センターで実施されている研究の一端をご紹介くださいました.1年にわたる運動介入の効果により,MCIの高齢者の方の認知能力,特に記憶に関わる能力がどのように変化するのか,また脳の機能的特徴がどのように変化するのかについて,多角的な検討がなされています.

この研究については現在まさに進行中というということで,ここでは詳細を述べませんが,発表を伺って感じたのは,参加対象者に1年にわたって継続的に運動介入に参加していただくためには,参加に対するモチベーションを高めるための様々な努力をする必要があるということです.

たとえば,参加者の方々に次回も休まず参加したいと自発的に思っていただくために,外の散歩を行うプログラムの中で俳句を詠むというアクティビティを取り入れ,その発表会を次週行うといった工夫がなされていました.論文上では必ずしも顕在化されない,こうした様々な創意工夫があって初めて,1年間という長期の協力を得ることができるのだなと実感しました.

牧迫先生のご研究は,普段私が行う実験室的研究とはスタイルの異なるものであり,研究の進め方1つをとっても,大変勉強になるものでした.今後もOU講座では,外部の先生とのコラボを通して,多角的に知識を提供していきたいと考えています.



19日から科研費プロジェクトの一環として,ドイツ・ルネブルグに行きます.
夏季休暇と合わせて,2週間程度更新を休止いたします.ご了承ください.



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