セラピストにむけた情報発信



他者の行為能力を正確に推測するプロセス





2011年7月9日
前回のコーナーでは,他者との協同行為に関する雑誌の特集号を紹介しました.今回は関連する話題として,他者の行為能力を推測するプロセスに関する話題を紹介したいと思います.

他者と共同で1つの行為を遂行するためには,その行為に関する他者の能力を正確に推測する必要があります.たとえば重い荷物を2人で持ち上げるためには,相手と呼吸を合わせて持ち上げ動作をする必要があります.この際,相手がどんな相手か(屈強な青年か,細身の女性かなど)によって,こちらの動作を微調整し,持ち上げるという協同行為をスムーズに進めます.

リハビリテーションにおいても,セラピストの皆様は対象者の行為能力を正確に知覚することで,最適なプログラムを組んだり,立位保持や歩行訓練時のサポートの仕方を微調整しています.これも広義には協同行為といえます.

いったい私たちはどのようなプロセスで,他者の行為能力を推測しているのでしょうか.

内的シミュレーション

認知科学的視点からこの問題を考えるとき,おそらく最もポピュラーな考え方は,他者の行為の観察を通して,その行為を自分自身の行為として内的にシミュレーションし,そこから行為能力も含めた特性を抽出して推測する,という考え方です.

他者の行為を観察すると,あたかも脳内でその行為をシミュレーションしているかのように,脳内の行為実行系が同様に賦活することが知られています.多くの研究者はこうした事実から,他者の行為の観察の際には,自分自身の行為実行系が重要な役割を果たすと考えています(たとえばGalleseの身体性シミュレーション仮説).

すなわち,他者の行為を自分の行為に置き換えることで,その行為の特性や,その行為がどのような意図で遂行されたかといった情報が抽出されるのだと考えます.今回の話題である他者の行為能力についても,シミュレーションを通して抽出される情報の一つとして取り扱われるはずです.

ところが,こうした内的シミュレーションに基づく行為能力の推測には,一定の制約が出ます.

その1つは,自己の行為能力の制約です.自己の行為能力をはるかに超える能力を有する他者を観察する場合(たとえば,オリンピック選手の動きを一般人が観察する場合),内的なシミュレーションでは正確な推測が得られないかもしれません.

逆に,健常成人が障害を持つ人の行為能力を推測する場合にも,やはりこうした制約が邪魔をするだろうと思います.

またもう一つの制約として,内的シミュレーションの場合,まずは相手の行為を観察することから始まります.従って,観察の機会がない場合における推測については,この仮説は説明力を持ちません.

こうした制約を考えると,他者の行為能力を正確に推測するプロセスには,内的シミュレーションだけでなく,別の要素もあると考えるのが自然だろうと思います.

続きは次回ご説明します.


参考文献

Gallese V. Before and below 'theory of mind': embodied simulation and the neural correlates of social cognition. Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci 360, 659-669, 2007


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