セラピストにむけた情報発信



オプティックフローに基づく視覚歩行制御を支える脳活動
Billington et al. 2010




2011年2月1日

私たちの歩行は,視覚情報に基づいて遠方の状況をいち早く知覚することで,予期的に様々な調整がなされています.こうした歩行の制御を支える視覚情報の中でも,特にオプティックフローについては,非常に多くの研究によってその有用性が報告されています.オプティックフローとは何かについては,過去のページまたは拙著「身体運動学」第3章をご参照ください


本日ご紹介するのは,オプティックフローの情報を処理する大脳頭頂領域に関する報告です.

Billington J et al. An fMRI study of parietal cortex involvement in the visual guidance of locomotion. J Exp Psychol Hum Percept Perform 36,1495-1507, 2010.

大脳頭頂領域(上頭頂小葉(SPL),頭頂間溝(IPS)など)が,歩行中に発生するオプティックフローの情報処理に関わるだろうということが,ここ最近の研究により明らかとなりました.本日ご紹介する論文の著者たちも,そうした研究の蓄積に貢献してきた中心人物たちです.

今回の論文が新たに報告したのは,オプティックフローに関する情報処理の中でも,特に大脳頭頂領域が強く関わるのは,1-2秒先に到達が予想される“遠方のスペース”にかかわるフローの情報である,という点です.

実験では,運転シミュレータなどで用いられる,移動行動中に得られる映像(歩行中や自動車運転時の見えに近い映像)が呈示されました.映像には,左右にうねりのある道路が映し出されました.参加者はこの道路のうねりに合わせて進行方向を調節できるよう,ジョイスティックを左右に動かしました.

実はこの実験では,参加者のジョイスティックの動きと無関係に,左右のうねりにぴったり合った形で進行しているような映像がフィードバックされました.すなわち参加者は,自分が正しくジョイスティックを操作しているかどうかは知らずに,進行方向を合わせるべく,ジョイスティックを操作しました.

著者らがこの実験を通してまず明らかにしたのは,ジョイスティックの操作が正確であるかどうかは,1-2秒先に到達する遠方の情報が,映像として呈示されているかどうかが重要であることです.

様々な映像呈示条件のなかで,遠方の情報が呈示されている条件では,ジョイスティックの動きと,映像の動き(すなわち理想的なタイミングでジョイスティックが動かされた場合に得られるフロー)の一致度が他の条件に比べて非常に高いことがわかりました.

こうした課題の遂行中の脳活動をfMRIで測定した結果,遠方の情報が呈示されている条件では,先に述べた大脳頭頂領域が強く活動することを確認しました.

なお,映像を後ろ向きに流すことで,遠方の情報が進行方向の調整に役に立たない状況を作り出すと,大脳頭頂領域の活動は決して強くなりませんでした.この結果から,大脳頭頂領域の活動は,単に遠方の視覚処理に係るのではなく,遠方の情報に基づく予期的歩行制御にかかわるのだろうと推察できます.

歩行中の空間認知が,遠位空間の知覚認知に影響するだろうという議論は,様々な研究者が議論しており,最近このコーナーでも紹介しています.

一歩一歩立ち止りながら歩行する患者や,非常に飛行速度が低い患者の場合には,数秒先の到達位置は近接空間内にありながら歩いていることもあるかもしれません.しかし仮にそうであったとしても,本論文の成果を考えれば,(対象となる空間が遠位であれ近位であれ)先の状況を予期した歩行の制御機構が,歩行中にバランスを崩した際に反射的に機能する制御機構と等しく,歩行に重要であることを認識すべきだと考えています.



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