セラピストにむけた情報発信



近接空間と遠位空間における注意バイアスの乖離




2011年1月19日

前回,空間移動軌道の左右バイアスが,遠位空間における注意の右側偏向に一致するという研究を紹介しました.この研究の背景となったのは,手の届く範囲である近接空間と,それ以外の範囲である遠位空間における注意バイアスに違いがみられる,という研究成果です.

今回は,近接空間と遠位空間における注意バイアスの乖離を示した3つの研究を,ダイジェストでご紹介します.いずれも健常者を対象とした報告です


Longo MR et al. On the nature of near space: effects of tool use and the transition to far space. Neuropsychol 44: 977-981, 2006.

線分二等分課題を主課題とした実験です.線分が参加者の近接空間にある場合(参加者からの距離が30cm,60cm),遠位空間にある場合(90cm,120cm)の主観的二等分点の位置を比較しました.その結果,主観的二等分点をレーザーポインターで示す条件(すなわち,二等分点に直接触れることがない条件)では,近接空間においては主観的二等分点がやや左側に,遠位空間では右側に偏向する傾向がみられました.

ところが,主観的二等分点を手に持った棒で触れて示す条件では,距離に関わらず,左側へ偏向することがわかりました. この結果は,たとえ距離が遠くても,直接棒で触れられる範囲は近接空間として表象されていることを示唆します.


Gamberini L et al. Processing of peripersonal and extrapersonal space using tools: evidence from visual line bisection in real and virtual environments. Neuropsychol 46:1298-1304, 2008.


上で説明したLongo et al.と同様の結果が,バーチャルリアリティ空間でも再現できることを示しました.特にスティックを利用している条件については,バーチャル空間の中でスティックと線分が触れているだけです(ただし視覚情報だけでなく体性感覚情報もフィードバックされる装置を使っています).にもかかわらずスティックの効果がみられたことから,行動レベルにおいて近接空間でなされる行為が遂行される空間は,物理的な意味での身体(道具)と環境のインタラクションがなくても,近接空間として表彰されることを示唆しています.


Lourenco SF et al. The plasticity of near space: evidence for contraction. Cognition 112: 451-456, 2009.

Longo et al の実験課題を,手首に重りを付けて実施すると(すなわち二等分点を指し示すことに対する主観的effortが大きくなる),近接距離(30cm)であっても右偏向,すなわち遠位空間の特徴を示すことがわかりました.こうした傾向は,重いリュックを背負う条件,すなわち,重量負担はあるものの,二等分点を指し示すことに直接的には影響しない条件では見られませんでした.この結果は,近接空間が単に拡張するだけではなく,縮小方向にも変化しうることを示している,新規性の高い研究です.


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