セラピストにむけた情報発信



生態学的視点を取り入れた行為の情報処理モデル:アフォーダンス競合仮説
(Cisek et al. 2010)





2018年8月20日
今回ご紹介するのは,アフォーダンスなど,生態学的な視点を取り入れて神経科学的な知見を整理し,行為の情報処理モデルを提案した論文です。

Cisek, P. Neural mechanisms for interacting with a world full of action choices. Annu Rev Neurosci 33, 269-298, 2010

著者らが提案した情報処理モデルは,アフォーダンス競合仮説と命名されています。

このモデルは大きく2つの特徴があります。第1に,行為の生成に関する順序が,古典的な情報処理モデルとは異なるという特徴です。

古典的な情報処理モデルでは,行為に関する意思決定がなされた後,行為に適した運動プログラムが1つ選択され,そのプログラムを着実に遂行していくという情報の流れが想定されていました。

これに対してアフォーダンス競合仮説では,最終的に1つの行為が選択される前に,状況に即して選択しうる複数の行為の準備が始まっている,という考え方を取ります。つまり,行為の選択(action selection)よりも先に,複数の行為を実行可能な状況にしておく(action specification)わけです。

Cisek氏らによれば,複数の行為を実行可能な状況にしておくのは,脳の感覚運動系,すなわち視覚野の背側経路⇒頭頂葉⇒運動前野のルートです。これに対して行為の選択に関わるのは,視覚野の背側経路,背外側前頭前野,眼窩前頭皮質,基底核です。行為の選択にかかわる領域で行為の価値判断がなされ,最終的に勝ち残った行為が選択されると考えます。
 
Cisek氏らのモデルの第2の特徴は,脳の各領域に対して,“知覚”,“認知”,“行為(運動)”といった明確な役割分担はないと考える点です。第1の特徴で示したように,行為の選択(意思決定)にかかわる脳領域がどこか1カ所にあるわけではなく,並列分散的に存在しています。さらに感覚運動系の領域に着目しても,全く同じ部位が,知覚に関する側面(例:刺激の同定)にも運動に関する側面(例:運動の方向性に関する選択)にも応答しています。

こうした知見に基づきCisek氏らは,古典的な情報処理モデルに基づく知覚⇒認知⇒
行為といった機能分類を避け,より生態学的な,知覚と行為を不可分な関係として扱う考え方を採用すべきだと主張しています。

アフォーダンスの概念を神経科学的な知見に落とし込む考え方の一例として大変参考になるモデルです。30ページ近い論文ではありますが,ご関心のある方はぜひ原典に触れてみてください。パラグラフ・ライティングという観点からも完成度の高い英文であり,英語の勉強としても有用です。


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