セラピストにむけた情報発信



後方宙返りの際の視覚情報の利用について(Luis et al. 2008)




2017年9月25日
今回は,体操選手の後方宙返りの際において視覚情報がどの程度重要かについて調べた研究を紹介します。宙返り動作中の回転速度に対応して視覚情報のオン/オフを操作している点が特徴的な研究です。

Luis, M. Visual feedback use during a back tuck somersault: evidence for optimal visual feedback utilization. Motor Control 12, 210-218, 2008 

宙返りの最中は,自分の身体の状態を把握するのが困難です。というのも,少なくとも未熟練者にとっては,宙返りの最中は前庭感覚や体性感覚に基づいて身体の空間位置を知覚することができず,もっぱら視覚情報だけを使って知覚する必要があるからです。

しかし,宙返りの最中には頭部が1秒当たり750度ものスピードで回転するため,回転の最中で得られる視覚情報で本当にバランス制御ができるのか,というのが,古くから議論されてきました。実際,前庭動眼反射が対応できるのは頭部の回転が1秒当たり350度程度とされています。ある程度安定した視覚像が得られないと,視覚を利用したバランス制御が難しいことがわかります。

そこでこの研究では,頭部の回転角度が遅いときの方が,バランス制御にかかわる視覚情報の関与が高くなっているのではないかと考えました。この考え方の妥当性を検証するため,動作解析によって頭部速度をオンラインで計算し,その速度が350度より早いか遅いかで,視覚情報のオン/オフを操作するという技術を導入し,体操選手の後方宙返り動作に適用しました。

その結果,やはり頭部回転速度が1秒当たり350度以下の時に視覚情報を遮断されたときの方が,プロによる宙返り動作の評価が下がることがわかりました。スピードが極限まで早くなっていない時点で視覚的な調整が行われている可能性を示唆します。

余談ですが・・,

体操の内村航平選手は,高速回転している宙返り動作においてもその風景が見えていて,時に動作修正に使っている,といった主観的に感じているとのことです(この問題にアプローチできるチャンスがあったのですが,残念ながらスケジュールの都合が合わず,実現しませんでした)。

もちろん,そこで“見えている”映像は,風景が次々に流れていくような映像であり,いくら内村選手であっても,静止像がきれいに見えているわけではないでしょう。また宙返りの際には体幹のひねりの動作も組み合わされますので,単純にオプティカルフローを使ってバランスを制御している,と説明するだけでも不十分なように思います。超一流の選手のこうした主観が,いつの日か科学的に説明できる日が来るのか,楽しみです。


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