セラピストにむけた情報発信



歩行者との衝突を避ける戦略(Basili et al 2013)




2017年1月30日
今回ご紹介する論文は,他の歩行者が歩行軌道を横切る時,どのような戦略で回避行動をとるのかについて報告した論文です。

Basili P et al. Strategies of locomotor collision avoidance. Gait Posture 37, 385-390, 2013

この研究では,参加者が4m歩行する際に,それと直交する方向に他者が4m歩く場面を設定しました。二人ともほぼ同時に歩行するため,そのまま歩くと衝突してしまいます。この状況で参加者がどのように避けるかを分析しました。

単純に考えれば,①歩行軌道を変えずに速度の調節で衝突を避ける方法と,②速度を変えずに歩行軌道を修正して衝突を避ける方法があります(もちろん現実場面では速度と歩行軌道の両者を調節することも多いでしょう)。実験の結果,ほとんどのケースにおいて①の方略が取られることがわかりました。

そこでこの論文の著者らは,歩行軌道を変えずに速度の調節で衝突を避ける方略が採用される理由を探ることにしました。

静止した障害物を回避する行動を研究した先行知見によれば,歩行軌道修正時には,いかにコストを少なく軌道修正ができるかを考慮していることが指摘されています。そこで,同じルールが適応されているかについて,躍度最小モデルという考え方を使ってシミュレーションしてみました。その結果,このモデルでは必ずしも実験室で見られた行動を再現できないことがわかりました。

著者らはこの結果に基づき,動く対象を避ける場合には,静止物を避ける場合のように歩行軌道全体の変動コストを考慮した行動はできず,もっと局所的なコストの計算を行っているのではないかと考察しました。さらに,そこでいうコストとは,単純に軌道から算出されるコストだけでなく,その軌道修正を生み出すための体幹の回旋に必要なコストなどが計算されているのではないか,と推察しました。

類似の研究は多くありますが,この論文のクオリティはとても高く,5ページという比較的短めな文書の中で充実した情報が提供されています。研究の進め方,そして論文の書き方という点で,私にとってお手本になる論文でした。

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