セラピストにむけた情報発信



対向者との接触を避けるために有用な視線の情報(Nummenmaa et al. 2009)




2017年1月16日
廊下で誰か(“対向者”と呼ぶことにします)とすれ違う際,お互いが同じ方向に避けてしまい,慌てて別の方向に避けようとしたら,相手も同じ方向に避けてしまい,またぶつかりそうになる,といった経験をすることがあります。では逆に,対向者の動きを正確に予測して安全に避けられるとき,対向者の動きを予測するためにどのような情報を使っているのでしょうか。

本日ご紹介する論文は,対向者の視線方向が予測に有用であることを示した論文です。対向者の視線の動きを予測に利用していること自体は,当たり前のことのようにも思います。ただし,心理学的研究で明らかにされている他者の視線の効果を考えると,こうした視線利用の特徴がやや興味深く感じられる,ということを主張した論文です。

Nummenmaa L et al. I'll walk this way: eyes reveal the direction of locomotion and make passersby look and go the other way. Psychol Sci 20, 1454-1458, 2009

この研究ではバーチャルリアリティの技術を使って,対向者が自分に向かってくるような映像が大型スクリーン上に投影されました。若齢健常者が参加し,映像観察中に合図が鳴ったら対向者の右に避けるか左に避けるかをボタンで知らせる,という課題でした。

実験の結果,参加者は対向者の視線方向とは逆方向に避けることを高頻度で選択しました。すなわち,参加者は「対向者は視線が向いた方向に歩いていくだろう」と予測して自分の行動を選択していることになります。

この実験では参加者の視線行動が合わせて測定されていました。その結果,視線は自分自身が向かう方向(すなわち対向者の視線と逆方向)に向けられていました。歩行中の視線の原則(自分の進行方向に視線を向ける)を考えれば当然の結果と言えますが,この結果が,心理学的研究における他者の視線の効果を考慮すると興味深い結果となります。

誰かと対面で話している時,その人が視線をどこかに向けたら,つられて自分もその方向に視線を向けることがあります。こうした行動は半ば無意識的に生じるものであり,他者の視線行動が私たちの注意に大きなインパクトを与えることを示しています。

こうした現象を考えると,相手が視線を向けた位置をみるのではなく,その逆方向(つまり自分が向かう方向)に視線が瞬時に動くという行動は,極めて適応的であり,興味深い現象ということになるわけです。つまり,他者の視線方向がもたらす影響は,反射的に我々の行動を調整するのではなく(原文ではobligatory social reflexと表現されています),文脈によって適応的に変わる(social-cognitive evaluations)ことを示しています。
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