セラピストにむけた情報発信



本紹介「学術書を書く」




2017年1月10日
自分の想いを本にしてみたい・・・そんなニーズは多くあるはずです。

今回ご紹介するのは,京都大学学術出版会において長年研究者たちの書籍出版をサポートしてきた著者が,学術書の出版に関する様々な話題を紹介している本です。

鈴木哲也,他 「学術書を書く」京都大学大学出版会,2015

この本のなかで取り上げられているのは,大学出版会から出版される学術書であり,その意味では限定的です。ただし,そこで語られる内容の多くは,リハビリテーション領域で出版される専門書と共通しています。「一般の書籍に比べて商業的に成り立ちにくく,コスト上の制約を受けやすい一方,内容上は豊富で多彩であることが求められる」と著者が述べた学術書の出版は,専門書でも同じです。

様々な内容の中でも,最も重要なメッセージは,執筆する際の読者対象をどのように考えるかについてのメッセージです。著者は本書の中で頻繁に,「著者の専門の二回り外,三回り外にいる読者」に伝わる内容にする,と表現しています。

「著者の専門の二回り外,三回り外にいる読者」とは,「本のテーマに関心を持ちうるけれども,それを理解するための領域的なトレーニングが欠けている人,ないし,対象に対する基本的情報に欠けている人」とのことです。本として成立させるためには,自分の専門と同じ領域の人だけを対象にしたような内容や表現ではいけない,ということになります。

本なのだから読者対象をある程度広めに考えなさい,という教えは,一見したところ自明であり,誰でも実践できることのようにも思えます。ところが,学術書や専門書の場合,第3者のチェックを受けないと,予想以上に実践が難しい場合があります。

私の経験で申し上げると,その一つの理由が,同業の専門家の目を意識しすぎてしまうことにあります。書いているうちに,同業者に批判されないかという観点でのセルフチェックが過度に働いてしまい,必要以上に細かい限定条件を文書に加えたり(たとえば,一般測として説明せずに「少なくとも○○領域の対象者には当てはまる知識である」と表現する),必要以上に慎重な表現を加えたりすることがあります。

著者はこうした点を鋭く指摘したうえで,できるだけ細かい記述を避けることの重要性を,次のような文で説明しています。

「二回り外,三回り外にいる読者に向けて書くということは,その知識が二回り外,三回り外の学問領域になにがしかのインパクトを持っていると,自ら信じることの宣言です」。

「きちんと証拠を示して,説得的な論理で議論をしていると信じることができるなら,はっきりとした表明をしてほしいというのが,読み手が期待することです。」

学術書・専門書だけでなく,雑誌の総説論文を書く際に思い返すべき重要なメッセージであると感じました。

本の中でも特に,第2部「書いてみる-魅力的な学術書の執筆技法」は,本の執筆者に対する重要なメッセージが詰まっています。コラムや注釈,各章の扉のページの意味付けなど,体系立てて勉強する機会に乏しい知識が多く盛り込まれています。ご関心のある方は,ぜひこの第2部だけでもご覧になってみてください(第1部は,出版全体の問題に関する議論があり,やや専門的です。第2部から読み進めるのも良いかなと思いました)

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