セラピストにむけた情報発信



“あがり”とファインモーターコントロール (吉江,他 2011)




2016年12月19日
臨床の場面では,自立(自律)した運動を実践するための十分な運動機能がある患者さんでも,緊張感や恐怖感によってその機能が上手く発揮できないことが散見されるように思います。

通常歩行には大きな支障がないにもかかわらず,お風呂のように滑りやすい床であることを自覚すると急に恐怖感・緊張感が高まり,動作が拙劣になってしまうケースや,臨床場面で他者から見守られていることについて,「苦手なものを多くの人に評価されている」と感じてしまい,リハビリへの心理的抵抗感が高まってしまうケースなどは,そうした一例かと思います。

今回ご紹介するのは,心理的緊張感(“あがり”として表現)が高まると,人の精緻な動作がどのような影響を受けるのかについて,関連する研究をレビューした論文です。雑誌の特性上,スポーツに関連する情報が多いですが,関連研究の国際動向を調べるのに大変有用な論文です。

吉江路子,他 “あがり”とファインモーターコントロール バイオメカニクス研究 15,167-173, 2011

吉江氏は,“あがり”の問題を「動き」に対する影響と「力発揮」に及ぼす影響に分けて解説しています。

“あがり”が「動き」に及ぼす影響を検討した研究が数多くあります。動きの解析の中で比較的共通して見られた特徴が,筋肉の共収縮現象です。通常,主導筋が収縮すれば,拮抗筋が弛緩し,動作が円滑に遂行されます。しかし心理的緊張感が高まると,主導筋と拮抗筋の共収縮現象がみられることがあります。主導筋と拮抗筋が共収縮すれば,柔軟性の低い,いわば“固い”制御となります。運動の自由度が低くなる分,制御がシンプルになるという意味で,ある種適応的な側面があり,こうした現象がみられるものと推定されます。

しかし,こうした方略の場合,2つの筋を同時に収縮させるだけのエネルギーが必要ですから,通常の筋収縮(交互収縮)に比べてエネルギー効率が悪く,疲労しやすいと,吉江氏は指摘しています。

“あがり”がもたらすもう一つの問題である「力発揮」については,通常よりも力発揮が強くなってしまうことが指摘されています。力発揮が過剰になると,論文のタイトルにもなっているファインモーターコントロール(精緻な運動制御)に支障が出ることは,想像に難くありません。吉江氏は,こうした過剰な力発揮を長期にわたり継続することが,腱鞘炎などの問題につながっている可能性があると説明しています。

吉江氏は,演奏者のステージ場面でのあがりを中心に,数多くの業績を残されている若手女性研究者です。関連文献に関心がある方は是非ご覧ください。

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