セラピストにむけた情報発信



本紹介:「原っぱと遊園地」




2016年12月12日
今回は本の紹介です。建築論に関する本なのですが,環境設定,あるいは生態心理学に関心がある方であれば,多くの示唆的な情報を得ることができる本です。

青木淳『原っぱと遊園地』王国社,2004

この本の重要な問いは,理想的な環境(建築物)とはどのようなものなのか,という問いです。

タイトルにある「原っぱ」と「遊園地」は,子供にとってみれば,いずれも最高の遊びを提供してくれる場です。しかし青木氏はこの2つの遊び場を,対極にある2種類の建築物の象徴として示しています。

青木氏によれば,遊園地とは,見ただけでどのように遊ぶものかがわかる遊具で構成されています。これに対して原っぱは,「そこで行われることで空間の中身がつくられていく空間」です。

青木氏が考える理想的な建築とは,原っぱのような建築です。何をすべきかがあらかじめすべて決まっているのではなく,そこを利用する人が自分自身で何をするかを決める自由がある空間を指します。こうした建築は,空間と行為(あるいは空間そこに展示されるモノ)とが対等であるが故に理想的だと,青木氏は考えます。

青木氏は遊園地のように遊びの目的が決まっている建築を,「空間が先回りして行為や感覚を拘束してしまう」と表現します。こうした空間はまるで,自分では自由に飛び回っているつもりの孫悟空が,実は釈迦の手のひらに幽閉されているのと同じだと,青木氏は言っています。

注意しなくてはならないのは,「原っぱ」は,空間が無機質に広がっている空間の代表ではないということです。むしろ,バリアフリー空間のように,さえぎるものが何もないようなただの空間は,青木氏の指す「原っぱ」とは程遠い空間にあります。

青木氏のいう原っぱをイメージで表現すれば,漫画「どらえもん」に登場する,土管があるような原っぱです。土管は本来そこに建築物を作られるために置かれたはずですが,何らかの理由でそれが実行されず,放置されています。子供はそこに土管の使用目的や放置されている理由など考えず,遊び道具としてそれを利用していきます。こうした原っぱには,同じく建築のために持ってこられた砂利や砂があるかもしれません。雑草も生えている事でしょう。

つまり原っぱでは,そこで行われる行為が全てお膳立てされるわけではないものの,行為を生み出すための“手がかり”が散りばめられており,そこに集う人たちの新しい行為を引き出します。

生態心理学のように環境の持つ意味を重視する考え方を学ぶと,運動・行為の成立に対して環境が一定の役割を果たすことを理解できるようになります。しかし,生態心理学の本質は,環境“だけ”で行為が引き出されるのではなく,環境と身体・脳が等しく行為の責任を負うということにあります。この本は生態心理学に関する本ではありませんが,環境と身体の相互作用として運動や日常行為を考えることについて,興味深いメッセージを投げかけています。

この本は,青木氏が過去に執筆したエッセイを集めて構成されていますので,「原っぱと遊園地」の章を読むだけでも,そのメッセージは十分に伝わります。また,続巻として出されている「原っぱと遊園地2」(王国社,2008)は,もう少し別の趣旨でまとめられたエッセイが多いものの,より読みやすい文書が多く,楽しめます。

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