セラピストにむけた情報発信



歩きスマホが歩行に与える影響(Licence2015)




2016年10月31日
歩行中にスマートフォンを操作することによる接触事故などの問題は,都市部のいたるところで問題となっており,研究論文も報告されるようになってきました。

今回ご紹介するのは,スマホ操作が歩行動作に及ぼす影響について報告した研究です。

Licence S et al. Gait pattern alterations during walking, texting and walking and texting during cognitively distractive tasks while negotiating common pedestrian obstacles. PLos One 10(7): e0133281.doi:10.1371/journal.pone.0133281

用意された歩行通路は,段差を跨いだり,人を避けたり,コーンの周りをまわったりと,様々な障害物回避が求められる歩行路でした。歩行距離は15-20m程度と思われます。

30人の若齢健常者が実験に参加し,3つの歩行条件でこの歩行路を歩きました。第1の条件は,スマートフォンを操作しない通常歩行条件,第2の条件は,スマートフォンで質問に対する答えを入力しながら歩く条件(TXT条件),そして第3の条件は,数学の問題に答えるというものでした(COG条件)。

実験の結果から得られたことは,やや残念ながら,TXT条件とCOG条件で慎重な歩きぶりがみられる,ということにとどまりました。具体的には,歩行所要時間が両条件で遅く,両脚立位の時間が長くなり(安定性が高まる),段差を跨ぐ際の足上げの高さが高くなる,といった結果が見られました。これらの結果は,高齢者の歩行特性を若齢者の歩行特性と比べた時にしばしばみられる結果であり,安全性を担保するための保守的方略(conservative strategy)とも表現されます。

読者も著者も,こうした研究に基づき期待するのは,歩きスマホがもたらす危険性を示すデータについて情報が提供されることです。しかしながら実験結果は,必ずしもそうした期待には応えてくれませんでした。

私の研究室でも,マスコミ協力という形で,歩きスマホの危険性に関する実験協力を6年ほど行ってきました。その経験に基づけば,必ずしも期待したような成果が得られなかった背景には,「これから歩きスマホ条件下で実験をするぞ!」ということを参加者が認識して歩くという,実験の制約による部分が大きいと思っています。

これまで私の研究室では,歩きスマホの最中は反応が遅れてしまうということを,主軸の実験装置である可変式ドアを用いて示し,マスコミ協力という形で映像を提供してきました。

但し,これを正式な実験として測定すると(同じ条件を何十試行と繰り返し測定し,歩きスマホの効果を検証すると),参加者にある種の”構え”ができてしまい,スマートフォンの操作に没頭できなくなります。私の研究室で,本格的な研究としては歩きスマホの研究に取り組まず,マスコミ協力のレベルにとどめている一つの理由は,こうした背景があります。

とはいえ,歩きスマホに関する論文が少しずつ登場してくると,「私の研究室環境のほうが,ある側面では面白いデータを出せるはず」という思いが強くなるのも事実です。何かの機会に実験をしてみたいなと,改めて思う次第です。

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