セラピストにむけた情報発信



歩行者との接触を避ける行動:歩行者の視線は重要な情報か
(Dicks et al. 2016)




2016年10月9日
今回ご紹介する研究は,歩行中に他の歩行者との接触を避ける行動を分析した研究です。他の歩行者がスマートフォンを見ながら歩く条件を加えることで,歩行者の視線を利用できる条件と利用できない条件を作り出し,その違いを検証しています。

Dicks M et al. Perceptual-motor behavior during a simulated pedestrian crossing. Gait Pos 49, 241-245.

10名の若齢健常者を対象として,6mの距離を歩行し,他の歩行者との接触を避けてもらいました。歩行条件は全部で5条件ありました。歩行者1名条件(P),歩行者1名がスマートフォンを見ている条件 (MP),歩行者2名条件(2P),歩行者2名がスマートフォンを見ている条件(2MP),そして歩行者なしのコントロール条件の5条件です。

この実験でまず分かったことは,コントロール条件と比べて目標地点までの到達時間が統計的に有意に遅れたのが,歩行者が2名だった2条件(2P, 2MP)だけだったということです。この結果から,通常の歩行時よりも負荷が高い歩行場面とは,他の歩行者が少なくとも2名いる場合だったことがわかります。

次に,歩行者2名の中でスマートフォンを見ているかどうかの違い(2P 対 2MP)を検討した結果,スマートフォンを見ている条件(2P)で速度の変動性が大きくなりました。これに対して,左右方向へ避ける距離については両条件に差はありませんでした。これらの結果から,相手とアイコンタクトができる条件では,速度の調節によって間合いを調節しているのであり,大きく迂回するといった調節はしないことがわかります。

さらに,スマートフォンを見ている条件(2P)では,左右方向に軌道を変えるタイミングが遅くなりました。著者らはこの結果を,「相手の視線情報がないためにどのように歩くか予測できなくなったため,判断が遅れた」と解釈しています。

この最後の結果について,私個人は別の解釈も可能ではないかと考えています。スマートフォンを見ながら歩いている場合,基本的にはその注意はスマートフォンに向けられているため,他者を避けることに対して注意を配分できないという問題が有ります。つまり,スマートフォン使用者は,他者のことなど気にせず,そのまま直進的に進む確率が高いことになります。そうした行動がわかっていれば,それほど早くから行動を修正しなくても十分避けられるということになります。

この私の解釈は,「スマートフォンに没頭している」ことが前提になりますので,今回の実験の解釈としては,著者の解釈のほうが正しいのかもしれません。実際,歩行者役の人はスマートフォンの画面を見ていることだけが求められており,操作は求められていません。いずれにせよ,同じ状況で引き続き検証をする必要のあるテーマと思います。

この研究は,他の歩行者を安全に避けるために,その歩行者の視線が重要な情報になりうることを示しています。歩行中の障害物回避研究に,“社会性”という重要な問題を加えた点で,とても意義深い研究です。

(メインページへ戻る)