セラピストにむけた情報発信



運動の履歴効果:運動のプランニングに関する手から手への転移の検討
(Schutz et al. 2015)




2016年9月26日
今回ご紹介するのは,上肢動作の研究でしばしば報告される,運動の履歴効果(motor hysteresis)に関する研究です。この研究では特に,片方の手で生じている運動の履歴効果が,もう片方の手に転移するかを検討しています。

Schutz C et al. 2015 Movement plans for posture selection do not transfer across hands. Front Psychol 6, 1358, 2015

オープンアクセスの論文につき,興味のある方はどなたでも原文をダウンロードできます。

運動の履歴効果とは,同じような動作を連続して行った際に,直前に実行された運動がその後の運動に影響することを指します。実験では,系列動作課題(a sequential task)とカテゴライズされる課題を遂行している際に確認される効果です。

いま,目の前に高さ2mにもなるタンスがあり,20個近い棚が取り付けられているとします。それぞれの棚には丸い形をした取手があり,それをつかんで引っ張ることで棚が明けられるとします。およそ胸の位置よりも高い棚は,取手を“上からつかんで”開けるのが自然な印象です。一方,それよりも低い位置の棚は,取手を“下からつかんで”開けるほうが自然でしょう。つまり,どのように取手をつかむかは,棚の高さ(環境)と自身(身体)との相対関係でおよそ決まるところがあります。

ところが,棚を上から順番に開けてもらうという手続きにすると,ランダムな順番で開ける場合に比べて,より下の位置まで,取手を上からつかんで開けるようになります。逆に,下から順番に開けてもらうという手続きにすると,より上の位置まで,取手を下からつかんで開けるようになります。つまり,どのようにつかむかが,それまでどのようなつかみ方をしていたかということの影響を受けます。これが,運動の履歴効果です。

運動の履歴効果は,「運動プランニングの再利用」という原則の表れではないかとする考え方があります。脳内における運動のプランニングには一定の認知的コストがかかるため,そのコストを少しでも提言するため,直前に実行したプランニングを再利用とする結果,履歴効果が登場する,という考えです。運動の履歴効果は,上肢動作を対象に約20年にわたって多くの研究がおこなわれています。

だいぶ前置きが長くなりましたが・・・,

今回ご紹介した論文は,片方の手で生じている運動の履歴効果が,もう片方の手には転移しなかったことを報告した論文です。実験課題は,さきほど例として取り上げた,取手をつかんで棚を開けるという課題でした。

先行研究においては,脳内で片方の手に対して行った運動のプランニングは,もう片方の手にも転移しうることを示唆する知見がいくつかあります。したがって,この結果は,少し意外な結果であったようにも思います。

手から手への転移がなかったことについて著者らは,「先行知見において手から手への転移が見られたのは,運動軌道の転移(デカルト座標系での転移)であった。これに対して本研究では,関節角度算出の転移(関節座標系での転移)が求められており,異なる現象が得られたのではないか」と説明しています。運動の履歴効果が,脳内における運動プログラミングの何を明らかにするのかを理解するうえで,興味深い報告と思います。

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