セラピストにむけた情報発信



高齢者における上肢動作を用いた立位バランス回復:
デュアルタスクの影響(Westlake et al. 2016)




2016年6月27日
電車に立って乗車している際,急ブレーキで大きくバランスを崩しても,手すりやつり革をとっさにつかむことができれば,転倒を防ぐことができます。このように,急に立位バランスを崩す状況が起きても,上肢動作を使ってそのバランスを回復させることができます。

今回ご紹介する研究は,高齢者が別の課題をデュアルタスクとして遂行中に,こうした上肢動作をどの程度素早く,正確に遂行できるかについて検討した研究です。

Westlake KP et al. Influence of non-spatial working memory demands on reach-grasp responses to loss of balance: Effects of age and fall risk. Gait Posture 45, 51-55, 2016

参加した高齢者23名は,過去一年間の転倒の有無により,転倒高齢者(12名)と非転倒高齢者にグループ化されました。対照群として,若齢者10名も参加しました。

実験では,立位の最中に,ベルト状の床が左右のいずれかに高速で6cm移動しました。参加者は,ベルトが揺れたのを感じたら,左右にあるいずれかの手すりをできるだけ素早くつかむように教示されました。実験は,この課題を単独で行う場合,および言語性の認知課題とのデュアルタスクで行う場合で検討しました。

上肢動作の反応の素早さとして,反応時間(上肢動作が開始されるまでの時間)と動作時間(上肢動作を開始してから手すりをつかむまでの時間)の2つを測定しました。

その結果,デュアルタスク条件下において,転倒高齢者の上肢動作の”動作時間”が遅延しました。当初この著者たちは,先行知見に基づき,”反応時間”が遅れるものと予想していましたが,実際には動作時間のみに遅延が認められました。

この結果に対して著者らは,転倒高齢者の場合,本来は自動性の高い上肢動作の実行についても認知的制御が必要なため,デュアルタスクによる干渉を受けたのではないかと説明しています。

興味深いことに,バランスが崩れた時に,左右の手すりのどちらをつかむのかについて,若者と高齢者で結果が大きく異なりました。若齢者の場合,倒れそうになる側の手すりをつかみました。これに対して高齢者の場合,転倒経験の有無にかかわらず,倒れそうになる側と同じ側の手すりをつかむ場合と,反対側の手すりをつかむ場合が半々になりました。

若齢者のように,倒れそうになる側の手すりをつかめるということは,床のベルトが動いたことを知覚したら,瞬時にどちらに倒れそうになるのかを検知し,転倒防止に最適な上肢動作を実行できるということになります。このことから著者らは,高齢者の場合,こうした瞬時の上肢動作の実行が難しいため,揺れが起きる前からどちらの上肢を使うかを決めざるを得ず,結果的に揺れの方向に関わらず半々の結果になるのではないか,と説明しました。

この論文は,研究室の博士後期院生,後藤拓也氏に紹介してもらいました。

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