セラピストにむけた情報発信



消防士のアフォーダンス知覚(Petrucci et al. 2016)




2016年5月31日
今回ご紹介する論文は,消防士が防火服を着用している際に,自分と環境との関係性を正しく知覚できるか,ということについて検討した研究です。

Petrucci MN et al. Inaccuracy of Affordance Judgments for Firefighters Wearing Personal Protective Equipment. Ecol Psycholo 28, 108-126, 2016

「自分と環境との関係性の知覚」,ぶつからずにまたげる(すり抜けられる)ギリギリの高さ(幅)などを判断することを指します。このような判断は,取り扱われる研究分野によって,アフォーダンス知覚と呼ばれたり,行為能力の知覚と呼ばれたりします。

消防士は自身の身を守るため,重量のあるヘルメット,帽子,防火服を着ています。さらに,背中に空気ボンベを背負っています。この論文の研究者たちはこれまで,防火服を着用しているときの運動特性について調査をしていました。今回の研究では,消防士が防火服を着用している際に,またげる高さやすり抜けられる幅を正しく知覚できるのかを調査しました。

24名の消防士を対象に,「ぶつからずにまたげる高さ」「ぶつからずにくぐれる高さ」「ぶつからずにすり抜けられる幅」の3種類を用いて,消防士のアフォーダンス知覚の正確性を検討しました。

実験の結果,いずれの課題においても,消防士のアフォーダンス知覚は必ずしも正確ではなく,実際よりも最低5cmほどずれた判断をしていました。最も判断が不正確であったのは,「ぶつからずにくぐれる高さ」の判断でした。実際にくぐれるギリギリの高さよりも15cmも高いポイントが,“くぐれる/くぐれない”の境界ポイントでした。

くぐれる高さがここまで不正確であった最大の理由は,背中に背負っているボンベです。消防士らは長年空気ボンベを背負って行動をしています。にもかかわらず,参加者らはまるで,ボンベを背負っていることを忘れたかのような判断をしていました。

普段リュックサックを利用する人ならば,思い当たることがあるかもしれません。満員電車に乗る際,背中のリュックサックの存在を正確に認識せず,他者にぶつかったり,ドアに挟まれたりすることは,決して珍しくありません。同じような状況が,消防士にも起こったものと考えられます。

残念ながら,この研究では比較対象の測定をおこなっていません。その結果,得られた現象は本当に,防火服を着ているとき特有の現象か?(防火服を着ていない時と比べた評価がないと答えられない),また,消防士特有の現象か?(一般者が防火服を着ている時の成績と比べたら,単に不正確という結論には至らない可能性がある)といったことが議論できません。より正確な議論については,今後の検討の成果を待ちたいと思います。


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