セラピストにむけた情報発信



子どもにおける先を見越した上肢動作の運動企画:
他の霊長類との違いに着目して(Wunsch et al. 2015)




2016年3月29日
動作を開始する前に,動作全体のパターンを計算し,動作の最終的な状態(end-state)が最も快適な姿勢となっているように動作を計画することを,英語では「end-state comfort effect」といいます。

子どもを対象にした場合,End-state comfortな姿勢が必ずしも100%選択されないことから,この能力は,日常生活を通して経験的に磨かれていく側面があるのだろうと言われています。

今回ご紹介する研究も,子供を対象とした研究です。ただしその目的は,ヒト以外の霊長類を対象とした研究成果と比較することにありました。End-state comfort効果に関して多くの研究を行っている,Kathrin Wunsch氏らによる研究です。

Second-order motor planning in children: insights from a cup-manipulation task. Psychol Res 79, 669-677, 2015

ワタボウシタマリンというサルは,End-state comfortを考慮した運動企画ができるというという先行知見があります(この論文の共著者の一人,Weiss氏による報告)。カップから餌を取るという課題において,カップが逆さに置いてあった場合,親指が下向きになるように(つまり初期動作が窮屈になるように)カップを取る動作が,比較的安定して観察されました。

興味深いことに,ワタボウシタマリンは,通常は道具を使う性質を持たないとのことです。つまり,日常生活における道具使用の結果として,End-state comfort効果が見られたわけではない可能性があります。

Wunsch氏らは,大人とワタボウシタマリンでEnd-state comfort効果が確認され,子供に見られないという現象が,単に使用する課題の違いによらないのかを確認するため,ワタボウシタマリン対象とした場合に用いた課題を使って,子供を対象に実験を行いました。

その結果,やはり子供の場合,先行研究と同じ結論となりました。幼稚園児ではほとんどEnd-state comfort効果が見られず,年齢が進むと徐々にEnd-state comfort効果が見られました。

いったいなぜ,大人やワタボウシタマリンには可能な「先を見越した動作の運動企画」が,子供にはできないのでしょうか。著者らは考察にて2つの可能性を指摘しました。

第1に,子供における“comfortな”姿勢が,何らかの理由で大人と違う可能性です。つまり,子供は子供なりに,End-state comfort効果に基づいて動作を企画しているという可能性です。

第2に,ワタボウシタマリンは,大人とは異なる理由で,先を見越した動作の運動企画をせざるを得ないという可能性(つまり,ヒトの子供だけができないのではなく,対象者それぞれでできる/できないの理由が違うという可能性)です。

ヒトの場合,指先を使って器用にモノをつかむことができるのに対して,ワタボウシタマリンの場合,手のひら全体でつかむ動作が主動作となります(いわゆるpower grip)。この場合,最初のつかみ姿勢を間違えると,その後の動作の遂行に支障が生じます。著者らは,こうした動作の制約が,先を見越した動作が発達している理由ではないかさせる必要があったのではないか,と指摘しています。著者らはこの可能性を,morphological constraint hypothesis(形態学的制約仮説)と名付けました。

End-state comfort効果の起源や機能を深く考えるうえで,興味深い議論と思います。


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