セラピストにむけた情報発信



メンタルローテーションを素早くする2つの認知的プロセス
(Provost et al. 2013)




2016年3月22日
メンタルローテーションとは,回転した状態で呈示された視覚刺激を心的に回転し,回転のない正立した状態の図形を認識する認知活動です。

幾何学図形を刺激として用いる場合,典型的なメンタルローテーション課題では,2つの図形が横並びで呈示され,それらが同じ図形か異なる図形かを素早く回答します。手の写真などの身体刺激を用いる場合には,刺激が単独で呈示され,それが右手か左手かを素早く回答します。

メンタルローテーション課題は,イメージの生成や操作という,目には見えない心的活動をいわば可視化した形で検討できる課題として,非常に多くの研究事例があります。一般に,心的に回転する角度が大きいほど(手刺激の場合には,手のイメージを回転させる場合もある),反応時間が増大します。

今回ご紹介するのは,練習に伴ってメンタルローテーションの回答が素早くなるという練習効果について,そのメカニズムを検討したものです。

Provost A et al. Two route to expertise in mental rotation. Cogn Sci 37, 1321-1342, 2013.

練習によってメンタルローテーションが素早くできるようになる理由として,2つの考え方があります。第1の考え方は,心的回転そのもののスピードが早くなるという考え方です。第2の考え方は,練習により回転画像を記憶してしまったために,心的回転自体が必要なくなるという考え方です。

著者らは,練習の仕方によって,2つの考え方のいずれかに沿った形でメンタルローメンタルローテーションが早くなることを,2つの実験により示しました。

いずれの実験においても,幾何学図形を用いて,2つの図形の異同を回答する課題を採用しました。2つの実験は,使用する刺激の種類が大きく異なりました。

最初の実験では,“最小の刺激の種類を用いて”,4日間メンタルローテーションを繰り返しました。その結果,画像の回転角度の影響は非常に小さくなりました。さらに,課題遂行中の脳は計測により,画像の回転に関わることが指摘されている脳活動(事象関連電位におけるRRNという成分)が,練習後には見られなくなりました。この結果は,少ない刺激の種類でメンタルローテーションを繰り返すと,第2の考え方のように,この課題が図形の記憶課題になる(メンタルローテーションをしなくなる)ことを示唆します。

次の実験では,“非常に多くの刺激の種類を用いて”,4日間メンタルローテーションを繰り返しました。その結果,全体的な反応時間は短くなったものの,回転角度の影響は保持されました。また,回転角度の大きい刺激に対しして事象関連電位におけるRRN成分が大きくなることも確認できました。この結果は,第1の考え方のように,回転速度が上がることで反応時間が短くなっていることを示唆します。

この研究は,リハビリテーションにおいてメンタルローテーション課題を利用するうえでも,大いに参考になります。

身体刺激を用いたメンタルローテーション課題の場合,呈示された視覚刺激を脳内身体表象と照合することにより回答することがわかっています。このことを利用してメンタルローテーションを実施することで身体表象へのアクセスが可能となり,それが身体運動に波及するのではないかという期待があります。

こうした効果を期待するためには,メンタルローテーション課題が単なる図形の記憶課題にならないように気を付けなくてはいけません。今回紹介した論文に基づけば,用意する刺激の種類をできる限り多くし,「この画像は前に見たから,右だ(左だ)」といった判断をさせないことが重要ということになります。

この論文では幾何学図形を用いており,身体刺激でも同じ現象が確認できるかは不明です。研究としては,こうした確認作業も今後の重要課題となるでしょう。

この研究は,4月より修士院生として研究室に加わってくれる,日吉亮太氏に紹介してもらいました。


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